こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

小川の辺

otello2011-03-24

小川の辺

ポイント ★★*
監督 篠原哲雄
出演 東山紀之/菊地凛子/勝地涼/片岡愛之助/尾野真千子/松原智恵子/笹野高史/西岡徳馬/藤竜也
ナンバー 66
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


誅さねばならないのは正しいことをした友人。しかも彼の妻は実の妹。出来るならばやりたくないが、命令には逆らえない。そして事を収められるのは自分しかいない。藩命と情の板挟みに葛藤しながらも武士の本分を貫き通そうとする主人公。なによりも体面を重んじる武家社会、建前と人の心の齟齬に気付きながらも一人では何もできない男の苦悩をリアルに再現する。所詮、組織の中で個人は歯車に過ぎない。だがそれはモノを考え喜怒哀楽を持った人間でもある。映画はそんな主人公の姿を通じて、宮仕えする者の悲哀を描く。


海坂藩士・朔之助は脱藩した佐久間を斬れと家老から命を受ける。しかし、佐久間はかつて剣の腕を共に競った仲間である上に実妹・田鶴の夫でもある。逡巡の末、両親とも相談の後、朔之助は家名を守るために刺客となる決意をし、部下の新蔵と共に佐久間と田鶴が潜伏する行徳に向かう。


佐久間は飢饉に苦しむ農民を救おうと、藩の農政に対する建白書を藩主に提出したのが原因で海坂藩に居づらくなったという事情があり、朔之助は佐久間の改革への熱意に共感している。さらにそれは藩政の腐敗に対する強烈な批判でもあり、正面切って藩主に上申する勇気のない家老たちも内心は「わが意を得たり」の気でいる。ところが、気性の激しい藩主を慮って佐久間一人に泥をかぶせようとする。事なかれ主義の蔓延と尻拭いさせられる者の悲哀が、朔之助・新蔵の道中、詳らかになる。その緑深い森や山・澄み切った川といった豊かな自然を背景に語られるシーンが美しい。ただ、朔之助と新蔵がたどる山形から行徳までの旅はある種ロードムービーなのだが、途中でほとんどハプニングが起きないのが物足りない。何らかのトラブルに巻き込まれるうちに朔之助が抱えていた秘密や、新蔵の朔之助に対する歪んだ気持ちが明らかになっていくなどの工夫がほしかった。


◆以下 結末に触れています◆


結局、朔之助は目的を果たし、田鶴と新蔵を残して去る。任務を成し遂げても、残るのは後味の悪さだけ。それでも幼少のころから思いを寄せあっていたふたりをその場に残すのは、朔之助の藩に対するせめてもの抵抗なのだろう。口を一文字に引きこらえなければならない朔之助の表情に、武士として生きる辛さが凝縮されていた。