レッド・バルーン LE VOYAGE DU BALLONROUGE
ポイント ★★*
DATE 08/5/13
THEATER 映画美学校
監督 ホウ・シャオシェン
ナンバー 114
出演 ジュリエット・ビノシュ/シモン・イテアニュ/イポリット・ジラルド/ソン・ファン
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
パリの街を浮遊する赤い風船は小さな男の子の心をとらえ、空中でさまざまな表情を見せる。あるときは追いかけ、あるときは遠くから見守り、あるときは話しかけるように風船は彼の周りを漂う。しかし、50年前に作られたアルベール・ラモリスの映画・「赤い風船」へのオマージュであるこの作品では風船は脇役に過ぎず、何のメタファーなのか判然としない。抑圧との解放という社会的な事情があった半世紀前と現代では事情が異なり、描くべきテーマがなくなってしまったのか映像は散文的なスケッチに終始する。
人形劇の声優・スザンヌは公演が迫り、息子のシモンをシッターのソンに預ける。シモンはソンに懐き仲良くなるが、スザンヌは間借り人とのトラブルや、家出した夫、留学中の娘などからの心無い電話で苛立ちが募る。
物語といえるものはなく、カメラはスザンヌ一家の日常をフィルムに収める。とりとめもない会話が続くなか、次から次へとスザンヌの喜怒哀楽を刺激するようなハプニングが起きる。そのたびに彼女は過剰に反応し、笑い怒り哀しみそして安堵する。そんなスザンヌのめまぐるしく変わる感情の洪水には少しついていけない。公演前の緊張から来ているのだろうが、エキセントリックですらある。シモンは母親の情緒不安定を敏感に感じ取るが何もできない。それでも安らかな寝顔を見せることで母親を安心させるというシーンが、母子の愛情と小さな幸せを感じさせる。
一方で映画を学ぶ学生でもあるソンは「赤い風船」を主題にした映画を撮影中。シモンと赤い風船が戯れるシーンは、実はソンの映画の中の出来事とも解釈できるのだが、あえてそこには言及せず、赤い風船はシモンを見守る守護天使のように彼とは付かず離れずの距離を保っている。そしてシモンの胸に去来する楽しかった記憶と未来への不安。それらの思いをすべて引き受けるかのように風船は空高く上っていく。ラモリス版では赤い風船は主人公の男の子の心理状態を表現していたが、この「レッド・バルーン」ではシモンを優しく見守るソンの視点のように思える。ただ、もう少し何らかのイマジネーションをインスパイアするようなヒントが欲しかった。