大統領の料理人 LES SAVEURS DU PALAIS
監督 クリスチャン・ヴァンサン
出演 カトリーヌ・フロ/ジャン・ドルメッソン/イポリット・ジラルド
ナンバー 156
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
人生の転機は突然訪れ、ヒロインを嵐の中に放り込む。行先も告げられぬまま乗せられたクルマ、誰に仕えるのかも教えられぬまま連れて行かれた宮殿、そして男たちの不快そうなまなざし。まだ女性の社会進出が完全に浸透していなかった1980年代、映画はフランス大統領専属の女性コックが孤軍奮闘し、料理とはなにかを追求する姿を描く。旧弊を打ち破り、性差別に耐え、己のレシピを極めようとする彼女は求道者のよう。そこには恋も夢もなく、あるのは食べた人が満足したか否かの現実のみ。究極の美味も過剰な装飾も不要、家族のぬくもりを思い出させるような母の手料理の味が求められるのだ。
大統領の専属料理人となったオルタンスが飛び込んだ宮殿の厨房は、旧態然とした男の世界。彼女は独自のメニューを毎日考案し、徐々に周囲の理解を得ていく。だが、自分の料理が大統領の口に合っているかわからず、苛立ちを募らせる。
直接お目通り叶わず嗜好を聞く機会がない。感想は給仕が下げた食器の残飯で推測するしかない。やっと大統領と話す時間を与えられ、贅を尽くした饗宴よりも素材の味を生かした素朴な家庭料理こそがいちばんの好みと知る。2人の会話は弾み、「食」とはフランス人が最もこだわる関心事であることをうかがわせる。オルタンス流は大統領のお墨付きを得るが、後日それが彼女への逆風となるあたり、改革者・先駆者といった出る杭は打たれるのはここでも共通している。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
料理よりも厨房内政治に振り回され、事務方からも栄養価やコスト面でくぎを刺され、存分に腕をふるえず苦悩するオルタンス。後に「南極料理人」となった彼女だが、大統領府での出来事は一切話さない。早く忘れたい、その思いが彼女にフランスを離れさせた動機だったからだろう。それでも南極最後のデザートに大統領府の地名をつける。深夜の厨房でトーストのトリュフのせを振る舞ったときに大統領が漏らした弱音、一国の最高権力者に信頼されていたという自負がオルタンスに誇りと生きる勇気を与えていたに違いない。
オススメ度 ★★★