こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

アリラン

otello2012-01-26

アリラン

ポイント ★★★
監督 キム・ギドク
出演 キム・ギドク
ナンバー 10
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

都会を遠く離れた寒村でひとり暮らす男。かかとはひび割れ服は薄汚れ、それでも1日のリズムはきちんと守っている。世間を拒絶した家の中、有り余る時間の中で、もうひとりの自分との会話は禅問答のよう。さらにその様子を見つめる第3の自分まで存在する。なんのために映画を撮ってきたのか、もう一度映画を手掛ける勇気はあるのか。撮影中の事故でひきこもってしまった監督の苦悩と葛藤ですら一本の映画にしてしまうキム・ギドクは根っからの映画作家、彼の真髄を見た気がした。

第一線を去って3年、隠遁生活を続けるキム・ギドクは日々死と対峙し、人生を振り返り、“恨”の境地に至る。女優の命を危険にさらしたこと、スランプで疎遠になってしまった弟子やプロデューサー、海外と国内での評価の違いなどを語り、その過程を照明が必要ない新しいカメラで克明に記録する。

ご飯と漬物、インスタントラーメンといった粗末な食事しかとらないのに、コーヒーはエスプレッソマシーンで入れる凝りよう。部屋に張ったテントが寝床なのに最新のパソコンを持っている。庭に穴を掘ってトイレにしているのにユンボやクルマを運転している。特に自身を罰するような苦行を強いているわけではないが、他人との交流のない孤独な状態は、必然的に自問自答を繰り返す。それは心の中にわだかまっていた思いをすべて吐き出す精神的なリハビリ。仏像を手に石の重しを引きなが雪山に登る男のカラオケ映像を見ながら声をあげて泣くシーンは、悟りを開こうとしてもなお映画作りという煩悩をふり払えない彼の魂の咆哮なのだ。

◆以下 結末に触れています◆

やがて、リボルバーを自作したギドクは町に出て銃弾を放つ。相手はおそらく彼を裏切った人々だろう。そして最後には銃口を己に向けてトリガーを引く。ドキュメンタリーの体裁で始まったこの作品が、いつの間にか作りこまれたフィクションになっている。映画なんてアイデアさえあればひとりでも作れる、あらためてそう思わせる作品だった。

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