こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ホテル・ムンバイ

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泣いても叫んでもヒーローは助けに来てくれない。テロリストたちは容赦なく引き金を引き躊躇なく手榴弾を投げる。無防備な人々は隠れるか走るか、逃げ遅れたら殺される。映画は、武装集団に占拠された高級ホテル内で起きた大量殺戮を再現する。客でごった返すロビーでいきなり自動小銃を乱射する。部屋を一つずつノックし、宿泊客にも銃弾を浴びせる。資本主義と異教徒に対する憎しみを徹底的に叩き込まれた若者たちは、そうすることが神の意思に適っていると信じていて、まったく迷いがない。犯罪者ではない、自らの行為が正義と疑わない狂信者。ホテルから脱出できない客と従業員は、息をひそめて救出を待つが地元警察では歯が立たない。それでも “お客様は神様” と、客の安全を最優先させる従業員の姿は、絶望的な状況では勇気こそが希望であると教えてくれる。

イスラム武装組織が大規模ホテルに乱入、数十人が射殺される。レストランのホール係・アルジュンは怯えている客を部外者に知られていない部屋に避難させる。

出入り口に見張りを立て、残った客と従業員を見つけては確実にとどめを刺していくテロリストたち。下手に動けば撃たれるだけ、物陰に潜んでいても見つかる確率は高い。足音を忍ばせ呼吸を止め、テロリストに見つからないよう移動するシーンは、エイリアンや怪物に襲われるホラー映画を見ているような緊迫した演出だ。従業員のみが知っている、迷路のようなホテルの通用口や裏階段を逃げ回る過程は現場の不安と恐怖がリアルかつスリリングに描かれていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがてテロリストはホテルの各所に放火を始め、またVIPを一室にまとめて公開処刑しようとする。武器を持たないアルジュンは彼らと闘うわけではない、だが知恵と行動力でできるだけ多くの客を救おうとする。結果的にはテロリストの大勝利、しかしアルジュンたちが命がけで守ったホテルの名誉、インド人・シク教徒としての誇りは決して敗北したわけではない。安っぽい感動に走らなかったところに好感が持てた。

監督  アンソニー・マラス
出演  デブ・パテル/アーミー・ハマー/ナザニン・ボニアディ/ティルダ・コブハム=ハーベイ/アヌパム・カー/ジェイソン・アイザックス
ナンバー  232
オススメ度  ★★★*


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https://gaga.ne.jp/hotelmumbai/

男はつらいよ50 お帰り 寅さん

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困ったとき、行き詰まったとき、ちょっと嬉しい出来事があったときetc. 日常の些細な場面でふとよみがえるのはあの人の記憶。迷ったら道を示してくれた。立ち止まったら背中を押してくれた。短気で貧乏だったけれど人情に篤くいつも家族や友人がまわりにいた。物語は、脱サラして小説家になった男が、初恋の人と再会し遠い過去を振り返りながら今抱える問題に対処する姿を描く。子供の頃はあれほどにぎやかだった下町の実家も、人の出入りが少なくなっている。大勢の大人に囲まれて育ったのに、妻に先立たれて以降は娘と2人暮らし。孤独なわけではないが、時々人恋しくなることもある。そういうとき慰めてくれるのが、あの人から受けた大いなる愛情。誰かに大切にされた思い出は、いつまでも心の中で生き続けるとこの作品は訴える。

妻の法事で柴又に戻った満男は、両親やご近所といった馴染みの顔ぶれに、しばし安らぎを覚える。その後、自著のサイン会に若いころ付き合っていた泉が現れ、ふたりは現在の悩みを共有する。

いまや泉は国連機関で働くバリキャリウーマン、欧州を拠点に難民保護のために世界中を飛び回っている。だが、輝いて見える彼女の人生にも、両親の離婚・父の介護などと仕事の葛藤がある。家族が助け合うのは当たり前の環境で大きくなった満男は泉にどんな言葉をかけたらいいのかわからない。寅さんならきっとこう言うだろう。そっと肩を抱きしめるだろう。そう思いながらもなかなか行動に移せない満男。不器用なところは似ているのに、人を引き付ける魅力に満ちた寅さんと自分はやっぱり違う。それでも満男なりのやり方で泉を包み込む展開が、やさしさに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

満男の実家を訪れた泉が食事の後そのまま泊るなど、現代では考えられない人と人のつながりがまだこの映画には残っている。20世紀のまま時が止まった世界観は懐かしい故郷に帰ったような感慨を与えてくれた。寅さんだけでなくすべての観客に「お帰り」と声をかける、そんなあたたかい映画だった。

監督  山田洋次
出演  渥美清/倍賞千恵子/吉岡秀隆/後藤久美子/前田吟/池脇千鶴/夏木マリ/浅丘ルリ子/桜田ひより
ナンバー  221
オススメ度  ★★★★


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HELLO WORLD

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時空のひずみから飛び出してきた男は10年後の自分。今がどんな状況なのかをきちんと理解していて、これから何が起きるかもわかっている。そんな彼が指南してくれたのは、堅物クラスメイトとの恋。物語は、内向的な高校生と彼の日常に突然闖入してきた未来の己のアバターが、力を合わせて愛する人を危機から救おうとする姿を描く。高度にIT化された近未来社会、人々はテクノロジーに依存して暮らしている。それでも、過去に干渉してはならない。歪みが生じると自動的に修正処置がとられる。現実とバーチャルの区別がまったくつかない世界、意思とは、感情とは、そして生きるとはどういうことなのかを問うテーマは、人間の存在意義そのものを突き詰めているようだ。もしかして我々の意識自体が何者かに操られているのでは、という気分になった。

冴えない高校生活を送る直実は、別次元から来た分身・カタガキの指導の下、同じ図書委員の瑠璃に接近、古本市で売る古書を集めるうちに親しくなる。だがカタガキ には秘めた意図があった。

瑠璃とのきっかけはうまくつかめた。不自然に思われない程度に接触できた。協力して作業するうちに信頼関係も築けた。告白も大成功。デジタルに頼らず、意志が強く、読書家で几帳面な瑠璃のキャラは萌え要素がいっぱいだ。しかし、カタガキは瑠璃がほどなく雷に打たれると知っていて、それを阻止するためにやってきたと直実に打ち明ける。カタガキにとっての現在を変えるために、過去である直実たちの運命をいじる。ありがちな展開ながら、鳥居の赤、町家の古さといった京都の町が細密に再現された映像は目新しかった。登場人物には京都弁をしゃべってほしかったが。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

実は直実がいるのはデジタルの世界で、直実もまた記録されたデータに過ぎない。カタガキはそのスパコンを操作する研究者という「ループ」や「マトリックス」に似た設定。やがて暴走したプログラムが現実世界を侵し始めるのだが、入れ子の数を増やすだけでなくもうひとひねり欲しかった。

監督  伊藤智彦
出演  北村匠海/松坂桃李/浜辺美波/福原遥/寿美菜子/ 釘宮理恵/子安武人
ナンバー  230
オススメ度  ★★*


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https://hello-world-movie.com/

ファイティング・ファミリー

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鍛え上げた技を次々と披露し観客の視線を一身に浴びる快感。たとえそれが酔っ払いばかりのホールでも、ファンからの声援は、時に罵声であっても生きる力を与えてくれる。物語は英国の小さな町でプロレス興行を生業にする家族の長女が、より大きなステージに立つために本場で修行する姿を描く。オーディションには合格した。米国のジムに招集された。そこで待っていたのは異次元の世界。英国では “女の子” であるだけで注目されたが、米国では金髪長身プロポーション抜群のセクシー美女たちが真剣にレスラーを目指している。彼女たちの強烈な上昇志向に圧倒されたヒロインは、ハードな練習に青息吐息。大金を稼げるショービジネスとしてすっかり定着している米国プロレス界の、レスラーたちのステイタスの高さが興味深かった。

両親も兄もレスラーのプロレス一家に育ったブリトニーは地元では人気者。ある日、米国のプロレス団体・WWEから誘いの電話があり、兄のザックと共にオーディションを受ける。

会場で偶然言葉を交わしたのがスーパースターのザ・ロック。プロレスラーといっても二流以下のザックとブリトニーは彼に助言を求める。いささか無礼ともいえるザックの聞き方にも、ザ・ロックは笑顔を崩さず応えているが、突然怒りだす。そこで “ザコどもが俺に慣れ慣れしくするな!” という本音を露にした怒鳴り方を見せて、心の底から本気でキャラを演じ切る大切さをザ・ロックは2人に伝えようとするのだ。いまやハリウッド俳優の中でも稼ぎ頭のドウェイン・ジョンソンの金言は、あらゆるビジネスに通じる普遍性があった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

フロリダの訓練所に集められたブリトニーたち練習生たちは、半分以上が脱落する厳しい特訓を受ける。友人もできず一人寂しく夜を過ごすブリトニーは、金髪3人組との溝も深まる。ところがふとしたきっかけで、彼女たちの方がよほど腹を括ってこの合宿に参加しているとブリトニーは知り、己の甘さに気づく。夢を追う覚悟、それは退路を断つことだとこの作品は訴える。

監督  スティーブン・マーチャント
出演  フローレンス・ピュー/レナ・ヘディ/ニック・フロスト
ナンバー  208
オススメ度  ★★★


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https://fighting-family.com/

アナベル 死霊博物館 

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秘密にされると知りたくなる。施錠された部屋には入りたくなる。ガラス箱に閉じ込められた人形は外に出したくなる。そして、抑えられない好奇心と愛する者への強い思いが禁断を破ってしまう。物語は、人形に憑依した悪霊が解き放ってしまったのを機に起きる、一昼夜の恐怖を描く。怪しい影はなかなか正体を見せない。廊下の奥から少しずつ様子を見て攻撃を仕掛けてくる。彼らもまた人間を警戒しているのだろう、神に通じる力を持つ者には近寄ってこない。やがて悪霊たちは生きている者に対する敵意をむき出しにし、生命エネルギーを吸い取ろうとする。わずかな気配、不審な物音、勝手に開閉するドアetc. 真綿で首を絞めるような演出はまさしくホラーの王道だ。さらに、霊感少女と女子高生2人の微妙な人間関係が悪霊以上の緊張感をもたらしていた。

霊媒師夫婦の娘・ジュディはシッターのメアリ、メアリの友人・ダニエラの3人で一夜を過ごす。ダニエラが名高い悪霊人形・アナベルの保管ケースを開けると、悪霊たちがうごめきだす。

大きく見開いた青い目、前髪を切りそろえたおさげの金髪、深く刻まれたほうれい線。あまりかわいいと思えないこの人形も持ち主に愛されたことがあったはず。霊媒師夫婦はアナベル人形は媒体にすぎず、きちんとケアすれば問題ないと断言する。だからこそ悪霊祓いを受けガラスケースに収められている間はおとなしくしている。だがアナベルについた悪霊は、父の事故死に責任を感じているダニエラの心を利用する。そのあたり、人の弱みに付け込む悪霊の狡猾さが恐ろしかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

夜になり、悪霊たちが本格的に活動し始めると少女たちはパニックになるが、ジュディだけはキリスト像が彫られた十字架を手に対処する。隣人のボブも加わって悪霊とのバトルはオールナイトで続く。その過程で、人に害をなす悪霊ばかりではなく優しく見守り時に味方をしてくれるいい霊もいるのが救いだった。あと、スプラッターに走らず登場人物が死ななかったのも後味がよい。

監督  ゲイリー・ドーベルマン
出演  マッケンナ・グレイス/マディソン・アイスマン/ ケイティ・サリフ/パトリック・ウィルソン/ベラ・ファーミガ
ナンバー  226
オススメ度  ★★*


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http://wwws.warnerbros.co.jp/annabelle-museumjp/

アイネクライネナハトムジーク

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“運命の出会い” などいくら待ってもやってこない。後になって幸せを実感して初めて気づくものだから。偶然の時もある、必然の時もある。その時はあっさりスルーしても、過去を振り返ると心に引っかかりが見つかるのだ。物語は、出会いがないと嘆く男と女が、それぞれなにげない時間の中で特別な一瞬を迎える姿を描く。他愛ない会話、ありふれたすれ違い、でも少しだけいつもと違うなにかに遭遇する。それをきっかけに行動を起こすと未来が変わるかもしれない。様々な男女の日常を通じて、あまり劇的ではない瞬間が彼らの未来に影響を及ぼしていく。生きるとは決断の連続、なにもせずルーティンに埋もれるよりも、善意と良心を持って積極的に他者とかかわれば、おのずと幸運は転がり込んでくるとこの作品は訴える。

街頭アンケートで紗季に声をかけた佐藤は、しばらく経って交通整理をする彼女を見かけシャンプーを手渡す。ボクシング世界戦で勝利を収めた小野は電話友達の美奈子に告白する。

舞台は仙台、そこそこ都会っぽい。佐藤の親友・織田がキーパーソンとなって、知り合いの知り合いをたどればたいていの人とどこかでつながっている。しがらみだらけの村社会ではなく、東京のように他人への無関心がはびこっているわけでもない。ちょうどいい対人関係の距離感で世の中が回っている。そんな居心地のよい環境で付き合いだした二組の男女は恋人同士になっていく。彼らを見守るようなカメラの視点がやさしさに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして10年後、佐藤は紗季と同棲はしているが結婚はしていない。美奈子は小野と家庭を持ち、再起戦にかける夫の背中を押している。一方で、彼らの次の世代が重要な登場人物として浮かび上がる。へらへらしている父に嫌悪感を抱く久留米が、父の巧妙かつ有無を言わせぬ危機管理能力に考え方を変えていく過程は、尊敬されなくなった父親たちがどうすれば威厳を取り戻せるかを教えてくれる。腕力ではない、張り巡らせた人間のネットワークこそが人生を豊かにするのだ。

監督  今泉力哉
出演  三浦春馬/多部未華子/矢本悠馬/森絵梨佳/恒松祐里/萩原利久/八木優希/成田瑛基/貫地谷しほり/原田泰造
ナンバー  225
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://gaga.ne.jp/EinekleineNachtmusik/

アド・アストラ

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広大な宇宙空間の旅は無限と永遠の間を彷徨うような静謐に満ち、人を内省的にする。話し相手となるべき人々はいない、通信も断った。音もなく光も薄い中、数十日もの沈黙に耐えなければならない。脳裏によみがえる記憶と対話し、懐かしい思い出に一息つく。そんな、命令に背きたった一人で目的地に向かう男の孤独がリアルに再現されていた。物語は、十数年前に星間旅行ミッション中に消息を絶った父を探して太陽系外縁部を目指す宇宙飛行士の苦悩と葛藤を描く。死んだはずだった。なのに今は害をなす存在、止めなければ地球の文明が滅んでしまう。なにより子供のころから憧れていた父にもう一度会いたい。だが、常に冷静な判断が求められる宇宙飛行士に感情を刺激する私情は禁物。主人公もまた反乱者となり真実に迫る姿は求道者のようだった。

サージと呼ばれる深宇宙からの宇宙嵐が地球を襲い大損害が出る。米国宇宙軍は、サージを発生させたクリフォードに対し、息子のロイから説得のメッセージを送らせる。

クリフォードはかつて地球外生命体探査船に乗ったまま行方不明・死亡したことになっているが、海王星の軌道で生存が確認される。いまだに夢は叶えていないが、あきらめてもいない。一方で任務を遂行するためにたくさんの乗組員の命を奪った事実をロイは聞かされる。クリフォードの実像が明らかになるにつれ、少しずつ乱れていくロイのメンタル。平静を保つべく訓練された宇宙飛行士の、喜怒哀楽を抑制した微妙な表情をブラッド・ピットはわずかな面差しの変化だけで繊細に演じ分ける。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

火星で任務不適格とされ解任されたロイは、クリフォード暗殺のために海王星に送られる宇宙船を乗っ取る。もう後戻りできない。なんとしてもクリフォードと会い、彼の真意を知りたい。そしてかつてヒーローだった父との再会。空間的距離は克服したのに、過ぎ去った時間は心の距離を埋められないところまで離してしまっている。もう理解し合う機会のない父子の断絶と別れが哀しくも切なかった。

監督  ジェームズ・グレイ
出演  ブラッド・ピット/トミー・リー・ジョーンズ/ルース・ネッガ/リブ・タイラー/ドナルド・サザーランド
ナンバー  224
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
http://www.foxmovies-jp.com/adastra/