こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ペイン・アンド・グローリー

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まだ老いを自覚するほどではないけれど、以前のような創作欲は沸いてこなくなった。心身の痛みに耐えドラッグに癒しを求めているときに思い出すのは母と過ごした幼い日々。物語は、名を成した映画監督が己の半生を振り返りもう一度前向きに生きていこうとする姿を描く。貧しかったけれど楽しかった洞窟暮らし。自作の演出に鉄壁の自信を持っていた若いころ、恋人と共にした夢のような時間。記憶の底に眠っていた出来事を丁寧に掘り起こしていくうちに、彼はまだまだやり残したことがあるのに気づく。不仲だった知人との和解、音信不通だった懐かしい人の訪問。過去を彩った人々との再会が彼の人生を加速させていく過程は含蓄と伏線に富み、希望を失わずにいれば未来はきっと好転すると訴える。

32年前に撮った映画の上映会に招かれたサルバドールは、仲たがいしたままだった主演俳優のアルベルトを訪ね、トークセッションでの共演を持ち掛ける。だが、撮影中の秘密をばらしてケンカ別れする。

脊椎痛と闘っているサルバドールはドラッグの吸引でつかの間の安らぎを得ている。激痛は彼のあらゆる意欲をそぎ、自分をコントロールできなくなっている。ところが、書きとめた自伝風小品をアルベルトのひとり芝居に提供して機嫌を取ると、連鎖反応となって意外な人物との関係がよみがえる。すべての言動はどこかで誰かに繋がっている。漫然と呼吸していると何も変わらないが、目を凝らし耳をすませばその行く先は必ず己の元に帰ってくる。より合わせた糸のようでもあり、半回転ねじれたメビウスの輪のようでもある。運命とはかくも数奇であり、人知を超えた何者かに操られているとこの作品は暗示する。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

偶然なのか必然なのか、サルバドールはさらに9歳の時に読み書きを教えた青年からの手紙を手に入れる。映画監督として成し遂げたどんな成果よりも大切だったと思える貴重な思い出。もう一度会いたい人がいる、そして自分もまた誰かにもう一度会いたいと思われる、そんな生き方はやっぱり美しい。

監督  ペドロ・アルモドバル
出演  アントニオ・バンデラス/ペネロペ・クルス/アシエル・エチェアンディア/レオナルド・スバラーリャ/ノラ・ナバス/セザール・ヴィセンテ/ アシエル・フローレス
ナンバー  90
オススメ度  ★★★


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