こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ

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くぐもった雑音を感じるだけ。人の言葉は判別できない。静寂とはいいがたい、不快なノイズの世界。物語は、突発性難聴に陥ったドラマーの再生を描く。まだ大丈夫だと自らに言い聞かせてスティックを握る。自分の思いは声にできても、文字に起こしてもらわなければ相手の意図はわからない。失った聴覚は戻らない。手術すれば “聞こえる” ようにはなるが莫大な費用が掛かる。恋人とふたりキャンピングカーでの全米ツアーの途中、そんな現実を受け入れられず夢にしがみつく主人公の、怒りと焦燥、不安と絶望がリアルに再現されていた。「音」は振動、それを感知するのは耳だけではない。すべり台を手で叩いてリズムを伝える。ピアノの屋根に手を置いて演奏に触れる。音の輪郭はつかめても細部はわからないからこそ、想像力が必要とこの作品は訴える。

難聴者のコミュニティを訪問したルーベンは、一旦ボーカルのルーと別れて共同生活を始める。リーダーのジョーが面倒を見てくれるが、ルーベンはなかなか素直に従えない。

ルーベンが暮らす宿舎だけでなく、コミュニティには小学校まである。外部との連絡は禁止されているが、慣れるにつれルーベンは手話を覚え始める。難聴者だけが集まって食事するシーンでは、誰も食器が立てる音や咀嚼音を気にしない。聞こえないから当然なのだが、マナーを気にして上品に食べるよりもはるかにおいしそうだった。一方で、ルーの動向が気になってこっそりネット検索するルーベン。意心地はいいがこのままここで埋もれてしまっていいのかという疑問に苛まれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

補聴器を耳の後ろに埋め込んだルーベン。だが以前とは違い、頭にこだまするような高音が常に混じり、心穏やかではいられない。望んだものとは違う、もう未来には音楽もルーの存在もない。確かに踏ん切りをつけるのには勇気がいる。だが前に進むのが無理だとはっきりとわかったときは、一度立ち止まる。そして心を整理すれば新たな道が見えてくると、ルーベンの吹っ切れた表情が教えてくれる。

監督     ダリウス・マーダー
出演     リズ・アーメッド/オリビア・クック/ポール・レイシー/ローレン・リドロフ/マチュー・アマルリック
ナンバー     179
オススメ度     ★★★★


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