こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

蜩ノ記

otello2014-10-06

蜩ノ記

監督 小泉堯史
出演 役所広司/岡田准一/堀北真希/原田美枝子/青木崇高/寺島しのぶ
ナンバー 233
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

藩のため主君のため身に覚えのない不名誉をわがものとする。恨み言は一切口にせず、歴史書作りを淡々とこなしていく。一方で、妻子に武士としての誇りを示し、百姓の子供たちには論語を教え、農作業に精を出す。清貧にして愛情深く、剣の腕は立つが温情にも篤い。奇跡こそ起こさないが、存在感は聖人の域に達するほど人徳に優れた侍を役所公司が飄々と演じる。もはや命は自分のものではない、だが許された時間内できる限り与えられた使命を果たそうとする。映画は、そんな主人公の私欲のない生き方を、物語のテンポを落としてまで端正な映像で再現しようする。定められた運命から逃げたりはしない、それでも残された人々のために骨を折り、少しでもましな暮らしをさせてやりたいという願いは隠さない。死を覚悟した者の“生きる覚悟”とは、かくも美しいものなのか。

城内で刃傷沙汰を起こした庄三郎は、農村に幽閉され家譜の編纂をしている秋谷の目付を命じられる。秋谷はかつて殿の側室との不義密通を疑われ、切腹の日限が3年後に迫っていた。

家族に愛され百姓たちにも慕われている秋谷を目の当たりにし、予想していた人物像との違いに戸惑う庄三郎はいつしか彼の生きざまに共感を抱き始める。同時に秋谷の起こした事件を再調査し、明かされなかった真相と陰謀にたどり着く。ところが秋谷は汚名を雪ぐ切り札を手に入れても助命嘆願などはせず、「葉隠」に記されたように武士道を全うするのみ。親しい百姓たちが一揆を企てて処刑されるかもしれないと脅された時、一瞬曇った秋谷の表情が印象的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

庄三郎たちは密通事件の背後に家老の中根がいることを突き止めるが、中根は足袋の綻びを自身で繕う吝嗇家、彼もまた藩の財政を慮る忠義の士で、決して私服を肥やす悪人ではない。だからこそ秋谷の拳を甘んじて受け、秋谷も彼の胸の内を知る。崇高なる自己犠牲、その凛とした勇気はすがすがしさを発散していた。

オススメ度 ★★★

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