こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

海を飛ぶ夢

otello2005-04-25

海を飛ぶ夢

ポイント ★★★*
DATE 05/4/19
THEATER シャンテ・シネ
監督 アレハンドロ・アメナーバル
ナンバー 49
出演 ハビエル・バルデム/ベレン・ルエダ/ロラ・ドゥエニャス/マベル・リベラ
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


体の自由は利かなくても、その思念は無限の彼方まで飛躍できる。空想の翼を羽ばたかせることで心は自由に解放できる。だからあなたは不自由なんかじゃない、なんていうのは健常者の戯言。他人の介護なしでは生きることが出来ない人間にとって生きることこそ苦痛であり、死こそ心を解き放つ唯一の手段なのだ。しかも、一人ではなにも出来ない以上、死ぬことにも他人の手助けが必要。気が遠くなるほど繰り返し考えた末に「死にたい」という結論を出した主人公に対して、生きろというのはあまりにも残酷だ。


若いときの事故で首から下の自由を失ったラモンはフリアという弁護士の助けを得て法廷で死ぬ権利を主張する。しかし、カトリックの教義の強いスペインでは決して認められない。献身的に介護してきた兄の家族の心境も複雑。それでもラモンは死にたいという意思を決して曲げずに周囲に賛同者を増やしていく。


自分の力で生きられない人間にとって、生きていることが忌まわしい。どうしてあのまま死なせてくれなかったのか、今からでも殺してくれ、家族の厄介になりたくない、頭だけは正常に機能するラモンにはそうした思考の堂堂巡りだけを20数年間繰り返してきたのだ。どんなに不幸な状況でも自分の足で歩き、食べ、排泄できることがいかに幸せなことか、映画はラモンを通じて切実に訴えかける。


もちろんラモンを死なせることに反対の人間の意見も語られる。同じ境遇の車椅子の神父との生死観論争、法廷での人権論争など。しかし、彼らのどんなに立派な理論よりも、実際にラモンの世話をしてきた兄夫婦の「生きていて欲しい」という言葉にはかなわない。ラモンも彼らに愛されていることを実感しているからこそ、生の苦しみに甘んじて生きてきたのだ。「生きることは権利ではあるが義務ではない」という言葉とともに、尊厳を持って死ぬことは、尊厳を持って生きることよりずっと難しいということを深く考えさせられる作品だった。


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