ポイント ★★★*
DATE 06/9/16
THEATER ワーナーマイカルつきみ野
監督 佐々部清
ナンバー 155
出演 市川海老蔵/伊勢谷友介/上野樹里/塩谷瞬
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
家族、恋人、夢、それらを戦争のために諦めなければならなかった若者たち。しかも、諦めた大切なものを守り、いつかは取り戻すのではなく、ただ死に急ぐ。自分の命と引き替えに一人でも多くの敵を殺すことが目標の自爆攻撃に志願し、見事使命を果たすことで軍神となることを熱望する。いや、彼らとて特攻攻撃ぐらいで戦況が一変するなどとは思っていなかっただろう。敗戦国の元軍人としてみじめな思いで生き残るより、華々しく散る。少しでも自分が役に立った事を自覚できるからこそ、命を差し出るのだ。だから余計に主人公の最期には無念と後悔と悲しみが漂う。
元明治大野球部のエース並木は、戦況悪化と共に海軍に志願、さらに回天による特攻隊にも志願して3人の仲間と共に出撃を待つ。並木は家族と恋人特攻のことを告げられなかったことが心残りだが、唯一整備兵の伊藤とは野球を通して心を通わせることができた。
戦争という大きなうねりの中では、個人の思いは踏みにじられ、命は消費されていく。そんな中で、死ぬことでしか自分が生きた証を残せないという逆説。無産階級出身の特攻兵・北が、特攻死する事でしか故郷に残した親兄弟を楽にさせてあげられないと並木に懇願するシーンに、命以外に失う物は何もない人間と、命を失うことで愛する者を救える人間の覚悟には大きな違いがあることがうかがえる。
結局、並木の回天も故障し特攻は延期されるが、並木自身は誤操作で海底に釘付けになったままの訓練艇の中で窒息死するという、まったくの犬死に。しかし、敵米兵にもまた家族がいることを知っている並木にとって、ボールを投げるべき手を血に染めずに死ねたことにある種の安らぎを感じられたのではないだろうか。一瞬の爆死ではなく、少なくとも意識がなくなるまで人生を振り返って思いの丈を手帳に綴る。彼が戦争について考えたことが、切々とした感情となって生き残った者に伝えられる。彼の思いをくみ取ること、それが並木の死、ひいては戦争の犠牲者の死に意義を持たせる唯一の方法だ。