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ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い

otello2010-02-25

ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い
Io, Don Giovanni


ポイント ★★★★
監督 カルロス・サウラ
出演 ロレンツォ・バルドゥッチ/リノ・グアンチャーレ/エミリア・ヴェルジネッリ
ナンバー 45
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


放蕩と姦淫を繰り返し、暴力も厭わない。オペラ「ドン・ジョヴァンニ」が挑むのは宗教的倫理や道徳に行動が縛られた旧態依然とした価値観。映画の主人公である劇作家はその物語を新しい言葉とアイデアで紡ぎ直し、革新的な旋律とコラボさせて時代に変革を迫っていく。18世紀後半の、異端審問官が幅を利かせる陰鬱なヴェネチアと啓蒙君主が気軽に市民の前に姿を見せる開放的なウィーンの空気の対比が印象的だ。また、ウィーンに住むイタリア人は少なからずおり、教養あるウィーン市民はイタリア語を理解したのだろう、きちんとイタリア語とドイツ語を俳優たちが使い分けているところに好感が持てる。


聖職者でありながら進歩的な思想を持つロレンツォ・ダ・ポンテはヴェネチアを追放され、ウィーンに亡命する。そこでモーツァルトと出会い「フィガロの結婚」を執筆、大成功を収める。さらに「ドン・ジョヴァンニ」の台本をモーツァルトに託す。


女たらしで名をはせたカサノヴァの冒険譚に自らの女性遍歴を重ねて構想を練るロレンツォ。「ドン・ジョヴァンニ」でソプラノが歌う女心の機微はまさしく彼らの実践から生まれたことをうかがわせる。このあたり、モーツァルトの名曲を聞かせつつのロレンツォの初恋の相手・アンネッタとの恋の行方も同時進行で見せる構成は見事。オペラの中に男女の駆け引きと人生の真実まで盛り込む過程を、現実とオペラのシーンを巧みに交えて描くのだ。当時の風俗や街の雰囲気を克明に伝える一方、普遍的な男女の恋愛心理をリアルに再現している。


曲想がなかなかわかないモーツァルトをなだめすかし、なんとか「ドン・ジョヴァンニ」は完成する。オペラの内容と音楽の先進性は皇帝からも観客からも不評だったが、ロレンツォとモーツァルトは逆にその否定的な反応こそが傑作の予感という手ごたえを得る。あくまで自身の直感や心の声に従い、人間の精神の自由を信じ、誰もやらなかった試みに敢えて挑戦する、そんな後世から天才と称えられるアーティストたちの魂が感じられる作品だった。