こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて

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荒波にもまれ潮風に鍛えられた喉は深く奥行きのある歌声を放つ。物語は、漁師町のコーラスに夢中になった音楽プロデューサーが人生を賭けて彼らを売り出そうとする姿を描く。よそ者にはなかなか心を開いてくれない保守的な土地柄、漁師たちに自分を売り込むため、早朝から漁船に乗り彼らと行動を共にする。ひとりまたひとりと説得するうちにリーダーも古老も賛成に回る。だが、彼をけしかけた上司は冗談のつもり、契約する気など毛頭ない。それでも、これこそがずっと探していた音楽と彼らの歌にほれ込んだ主人公は、上司と袂を分かち業界を駆けまわる。長年の屋外労働で日焼けした顔には深いしわが刻まれている。漁具を扱ってきた手は分厚く固い。命がけの職場を生き抜いてきた男たちの日常が凝縮された風貌が漁師たちの厳しい生き方を象徴していた。

ロンドンの音楽制作会社の上司・同僚の4人で海辺の村を訪れたダニーは、漁師たちの街頭コーラスに聞きほれる。上司に担がれているとも知らず、ダニーは彼らの合唱をアルバムにしようと奔走する。

ダニーはひとり村に残りデモ音源づくりに専念。上司から中止して帰って来いと命令されても、漁師たちとの “絶対に裏切らない” という約束を守ろうとする。さらに、上司の了解が得られないとわかると、彼らを連れてロンドンに乗り込み、ライバル会社で強引にパフォーマンスを見せる。当然迷惑がられるが、ひょんなきっかけから全国ネットで歌うチャンスが与えられる。このあたり、業務のみならず、ダニーは宿を切り盛りするシングルマザーと懇ろになるなどとんとん拍子に話は進んでいく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、あれほどダニーには信義を通すことを要求していた漁師たちが、結婚式で下品な歌を披露したり、打ち合わせをすっぽかしたり、TVで予定外の歌を歌うなど、駄々っ子のようなワガママを繰り返しダニーの面目をつぶす。結果オーライになったのはいいけれど、ダニーが仕事熱心な正直者だっただけに漁師たちの幼稚なメンタリティには感心しなかった。

監督  クリス・フォギン
出演  ダニエル・メイズ/ジェームズ・ピュアフォイ/デビッド・ヘイマン/デイブ・ジョーンズ/サム・スウェインズベリー/タペンス・ミドルトン/ ノエル・クラーク
ナンバー  8
オススメ度  ★★*


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https://fishermans-song.com/

ダウントン・アビー

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会話の端々に皮肉と暗喩がにじみ出る。相手の主張を肯定したり同意したりするときは含みを持たせ、否定したり断るときは遠回しな言い方をする。時に本心と正反対のことを口にして相手に真意を理解させる。そんな、京都洛中人のような、癖のある話し方をする人々。貴族社会のメンタリティは英国も同じだと妙に納得させられた。物語は、国王夫妻訪問の接待に追われる大邸宅住人の人間模様を活写する。粗相があっては家名に傷がつくと眠れぬ夜を過ごすホストファミリー、最高の栄誉と張り切っていたのに下働きに甘んじる使用人、相続をめぐってわだかまりを持つ親戚など、多彩なキャラクターの喜怒哀楽がリアルに描かれる。何よりあらゆるディテールまで再現された1920年代の建物小道具立ち居振る舞いが圧倒的なリアリティをもたらしていた。

実質的なクローリー家の当主・メアリーはカーソンを執事に復帰させるが、食事やパレードの準備に大忙し。ところが、王室の執事と料理番が乗り込んできて、カーソンたちを脇に追いやる。

威光を笠にクローリー家の使用人たちを下僕扱いする王室執事たちに、カーソンたちは一致団結、一計を案じる。一方、王妃の侍女・モードは肚に一物ある様子。他にも仕事と家庭、同性愛、政治的思想など様々な問題を抱えた登場人物がそれぞれの思惑を胸に駆け引きをする。感情はあくまで表に出さず言葉を武器に闘う姿は、暴力を伴わない戦争を見ているような気分になった。領地を経営し土地屋敷を維持しながらも、したたかに時代を生き抜いてきた矜持と底意地の悪さが混じった先代伯爵夫人を演じたマギー・スミスの、人を委縮させるような視線が印象的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

国王一行が到着、パレードの邪魔者も排除し、いよいよ晩餐会の時間になる。プロ意識をいかんなく発揮したカーソンたちは見事な働きぶりを見せ、メアリー以下クローリー家全員が面目を保ち、様々な諍いや確執もすべて落としどころを見つける。最後まで追い詰めない大人の解決策は、英国貴族の余裕を感じさせた。

監督  マイケル・エングラー
出演  ヒュー・ボネビル/ジム・カーター/ミシェル・ドッカリー/エリザベス・マクガバン/マギー・スミス/イメルダ・スタウントン/ペネロープ・ウィルトン
ナンバー  6
オススメ度  ★★★


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https://downtonabbey-movie.jp/

パラサイト 半地下の家族

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半地下の部屋の地面と同じ高さに設えられた通気窓から見えるのは、雑然とした路地と立小便する酔っ払い。一方、一面ガラス張りのリビングからは、手入れされた庭園と芝生の上に子供が張ったテントが見渡せる。失業中の家族と成功したIT社長、彼らが窓越しに見ている風景は同じ町とは思えないほどの別世界だ。物語は、富豪一家の家庭教師を頼まれた浪人生が次々を自分の家族を豪邸に送り込み、ささやかな幸せを味わう過程を描く。言葉巧みに雇い主の信用を得、身分を偽った妹・父・母を豪邸に送り込んでいく。その手口は巧妙かつ鮮やかで、綿密な計画を練りリハーサルの上で実行に移せばだれにも疑われない。ところが不運な偶然が彼らの小さな油断に襲い掛かる。「富の再分配」を望んでいるわけではない。ただ最低限の暮らしがしたいと願う姿が哀切を誘う。

女子高生の家庭教師代役を引き受けたギウは高台の豪邸に赴く。そこで長男の美術指導に妹・ギジョンを紹介、父・ギテクが運転手、母・チュンスクが家政婦として雇われるように仕向けていく。

狭い家の中の一番高いところに仕切りもなく便器が鎮座している。下水管からの逆流を防ぐためなのだろう、そのトイレより低いところで寝食する家族は韓国における最底辺の生活を象徴していた。そこから少しでも這い上がろう悪知恵を働かせるが、濡れ衣を着せてやめさせた運転手の行く末をチュンスクが心配するシーンが印象的だ。自己責任が問われる競争社会、負け組から脱出するには別の誰かを引きずり下ろすしかない現実が、人々の良心を曇らせていると訴えていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

豪邸の秘密が明らかになると、彼らの立ち位置が反転する。彼ら以上に切迫した事情を持つ夫婦との諍い、さらに社長一家の帰宅と、ギテクたちは追い詰められていく。そして迎えたカタストロフ。もはや勤勉や努力では一度落ちてしまった貧困層からは這い上がれない。希望は夢や妄想の中だけでしか抱けない。そんな、救いのない絶望感がリアルな感情を伴って再現されていた。

監督  ポン・ジュノ
出演  ソン・ガンホ/イ・ソンギュン/イ・ソンギュン/ チョ・ヨジョン/チェ・ウシク/パク・ソダム/イ・ジョンウン/チャン・ヘジン
ナンバー  7
オススメ度  ★★★


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http://www.parasite-mv.jp/

フォードvsフェラーリ

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下腹部にまで響き渡るエンジンのうなりと、サーキットを疾走するレーシングカーの地を這う視点。時に空気の壁に穴を穿つようにアクセルを踏み込み、時に重苦しい闇を切り裂くようにステアリングを切る。ドライバーが体感する7000回転/分、時速300キロメートルの世界を再現した映像は、圧倒的な臨場感で客席に迫る。物語は、最高峰の耐久レースに挑戦した男たちの熱い日々を描く。引退したけれどレースへの情熱は衰えていない男と、腕は確かなのに社会性に問題のある男。正反対の性格だが共通点も多い2人は、数々の技術的な難題にぶち当たってもひとつずつ解決していく。一方で欲深い権力者を相手にすると妥協もやむを得ない。巨額のカネが動くモータースポーツ、純粋さだけでは通用しない事情がリアルな人間臭さを漂わせていた。

フェラーリ社への買収話を蹴られたフォード社は、ル・マン24時間レースでの勝利を目指しシェルビーを雇い入れる。シェルビーは町で修理工場を営むケンに声をかけ、チーフドライバーに指名する。

ケンのアドバイスで開発した新車でル・マンに乗り込もうとしたシェルビー達だが、直前に副社長から横やりが入りケンはチームを外される。だがクルマの癖を知らないドライバーのせいで1年目は惨敗。シェルビーは社長から全権を委任されケンと共に翌年のル・マンでの雪辱を期す。このあたり、独裁者のごとき社長の下で新たな事業にチャレンジする者と他人の手柄を横取りしようとする者が足の引っ張り合いを演じるなど、現場で汗を流す2人の苦労話よりも興味深かった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

再びル・マンの舞台、今度はケンがコックピットに入りチームフェラーリに挑む。セクシーな曲線が美しい真っ赤なフェラーリと空気抵抗軽減重視のフォードが、わずか数センチほどの車間で抜きつ抜かれつするスリリングな展開に時間を忘れた。そして大人の対応を迫られる2人。情熱や信念は強くても他人をたやすく信用する人間はカモにされる、そんな米国流ビジネスの厳しさが印象的だった。

監督  ジェームズ・マンゴールド
出演  マット・デイモン/クリスチャン・ベール/ジョン・バーンサル/カトリーナ・バルフ/トレイシー・レッツ/ジョシュ・ルーカス/ノア・ジュプ
ナンバー  5
オススメ度  ★★★*


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http://www.foxmovies-jp.com/fordvsferrari/

プロジェクト・グーテンベルク 贋札王

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紙幣の細かな模様から肖像画の線まで絵筆で模写し、原版を彫る。透かしの入った紙、凹版印刷機、角度によって見える色が変わるインクといった町の商店では売っていない材料は特殊なルートを辿り、手に入れるためには時に殺人も厭わない。偽札の製造工程を細部まで再現したシークエンスはリアリティと迫力満点、思わず見入ってしまった。物語は、贋札作りに命を懸けた男の数奇な半生を追う。名前は知られていても姿は見せないボスについて語るはずが、いつしか男の身の上話になっている。彼を尋問している刑事はディテール豊かなエピソードに半信半疑で耳を傾ける。巧みに事実を織り込んだ彼の言葉は、すべてが作り話のようでもありすべてが真実のようでもある。決して幸福になれない運命を突き放したようなタッチで描いた映像は、正に香港ノワールの王道を突き進んでいた。

タイで逮捕され、香港に移送されてきたレイは、ホー警部補の取り調べを受ける。ホーは保釈の条件として、贋札団のボスでレイの師匠でもある “画家” の正体をレイから聞き出そうとする。

創造性のないアーティストだったレイは正確な模写力と指先の器用さを買われ “画家” にスカウトされる。恋人のユンと別れ、贋札団に入ったレイは才能を開花させ、苦心惨憺の末仲間と共に完璧な100米ドル札の製造に成功する。カリスマ性を持つ “画家” は、その後の抗争では武装ゲリラを相手に二丁拳銃で応戦したりと超人的な強さを見せ、レイの反抗を許さない。レイは救出した人質の女と関係を結んだりもするが、ユンのことは忘れられないでいる。そのあたり、一度黒社会に足を踏み入れた者は二度と平穏な暮らしには戻れないと訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

とはいっても、これらはみなレイの供述。ホーがつかんでいるネタと一致する部分もあるが、証拠・証人もなく裏取りはできない。本当に “画家” は実在するのか、伝説が先走りしているだけなのか。取り調べの冒頭でレイが “画家” を極度に恐れるシーンが “カイザー・ソゼ” 的展開を予測させた。

監督  フェリックス・チョン
出演  チョウ・ユンファ/アーロン・クォック/チャン・チンチュー/リウ・カイチー/キャサリン・チャウ/ジョイス・フォン/デビッド・ワン
ナンバー  293
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
http://www.gansatsuou.com/

エクストリーム・ジョブ

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強制捜査も追跡も容疑者確保も失敗続きのへっぽこ麻薬取締チーム。彼らが見張りに利用したのはフライドチキンのレストランだった。物語は、解散寸前のチームを立て直すために大物麻薬ディーラー逮捕を計画、昼夜張り込む彼らの奮闘を描く。刑事としての仕事ではヘマばかりやらかすのに、思わぬ形で商売の才能に目覚める5人。絶品のチキンを提供したおかげでまたたく間に店の前には大行列、いつしか本業の任務もそっちのけに押し掛ける客を捌くのにてんてこ舞いになる。もしかしたら刑事よりもチキン屋の方が向いているのではないか、チキンを揚げているほうが家族を幸せにできるのではないか。そんな、容疑者逃走の連絡を受けても接客に忙しい彼らの逡巡と葛藤がコミカルに再現されていた。

麻薬流通組織ボスの事務所対面にあるレストランを買い取ったコ班長以下5人のチームは、監視を続けるがなかなか成果が上がらない。一方、マ刑事の “秘伝のタレ” が客に好評、店は大繁盛する。

ボスは尻尾をつかませず捜査は硬直状態なのに、店の経営でコたちは手いっぱいになる。上司に呼び出されても組織の事務所から入る注文を優先させるなど、もはや警察組織の中では厄介者扱い。ところが、麻薬販路拡大を狙った組織の幹部がフランチャイズ化の話を持ってくるなど予期せぬところからチャンスが転がり込む。その間、後輩チームの祝杯に参加したり、妻の小言に肩身の狭い思いをしたりと、コ班長がプライドをズタズタにされながらも社会にしがみついている姿が、笑いを誘う以上にうだつの上がらない中年男の悲哀を感じさせる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

だが新規店舗の評判は散々、原因を調べようと町中を歩き回るコたちにやっと刑事らしい動きが戻る。そして突き止めた真実。ゆる~い設定ながらも先の読めない展開に刮目し、部下たちが隠していた意外なポテンシャルを開花させるクライマックスに瞠目した。絶妙の味覚と包丁さばきだけでなく元柔道韓国代表というマ刑事を演じたチン・ソンギュのとぼけた味わいが印象に残る。

監督  イ・ビョンホン
出演  リュ・スンリョン/イ・ハニ/チン・ソンギュ/イ・ドンフィ/コンミョン/シン・ハギュン/オ・ジョンセ
ナンバー  3
オススメ度  ★★★*


↓公式サイト↓
http://klockworx-asia.com/extremejob/

パリの恋人たち

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好きな女に追い出され、気にも留めていなかった娘につけ回される男。夫を亡くした寂しさを埋めるために昔の男と縒りを戻す女。少女のころからずっと憧れていた男と付き合って幻滅する若い娘。物語はパリに暮らす男女3人の奇妙な三角関係を描く。セックスして同棲もしているのになぜか深くは愛せない。相手よりもまず自分の気持ちを第一に考える。個人主義的な、いや、むしろ自己中心的とも見える恋愛は、空気を読み忖度ばかりする日本人には新鮮だった。2人のヒロインも、中年女はエラが張り、娘は欧州系白人には珍しい平たい顔。手足が長く全身のプロポーションは素晴らしいが、美人というよりは個性的な顔立ちだ。人間として、外見よりも生き方が問われるフランス人的な価値観もまたユニークだった。

マリアンヌと別れたアベルは、数年後、彼女の夫・ポールの葬儀で再会する。そのままマリアンヌのアパートに転がり込んだアベルだが、彼女の息子・ジョゼフは “ママがパパを殺した” と言う。

一方、アベルに恋心を抱いているポールの妹・エヴは、成長した己の魅力を見せようとアベルに接近する。アベルがマリアンヌのアパートに住んでいると知ると彼女に宣戦布告までする。ところが、マリアンヌは張り合うどころか大人の対応。そのあたり、「いつも誰かに恋をしていたい」もしくは「パートナーのいない生活なんて意味がない」といった、パリジェンヌの人生に対する恋愛の比重が印象的だった。監督・脚本も務めたアベル役のルイ・ガレルの、一見女たちの気まぐれに振り回されているようで実はモテ自慢だったと考えられなくもないが。。。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

アベルはエヴの小さなアパートに移るが、すぐにふたりの仲はぎくしゃくする。おまけにジョゼフの嫉妬にも悩まされアベルは落ち着く間もない。それでも本当に大切にすべき人は誰かに思い当たり走り出す。そうなると予見していたかのごときマリアンヌの微笑みが、女のしたたかさを象徴していた。やっぱり男は女の掌で転がされる存在でしかないのだ。

監督  ルイ・ガレル
出演  ルイ・ガレル/レティシア・カスタ/リリー=ローズ・デップ/ジョゼフ・エンゲル
ナンバー  4
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
http://senlis.co.jp/parikoi/