こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

樹の海

otello2005-06-27

樹の海

ポイント ★★★*
DATE 05/4/21
THEATER 映画美学校
監督 瀧本智行
ナンバー 50
出演 萩原聖人/井川遥/池内博之/塩見三省
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


自殺を決意した人は最後の瞬間どんな風景を見るのか。自らの命を絶つまでには様々な理由があるのだろう。明確な遺書を残している人や多額の借金のある人ならその理由を推し量ることが出来るのだが、他人から見てまったく理由がわからない人もいる。富士の樹海という生死の境界で起きる4つのエピソードを通じて、命の重さと軽さという相反する概念を抑えたタッチでクリアに描く。


横領の片棒を担がされた上に半殺しにされて樹海に捨てられた浅倉は、首吊り自殺の現場に出逢う。ヤミ金の取立て屋・タツヤは借金漬けにした顧客を追って樹海に入る。平凡な会社員の山田は一度だけ一緒に飲んだ女性が自殺したと探偵に聞かされて、彼女の人生を思う。駅売店の販売員・映子はストーカー行為の末に相手の男への接近を禁じられ、郊外の街でひっそりと暮らしている。


4つの物語が並列で語られるのだが、取立て屋・タツヤのエピソード秀逸。借金苦で自殺しようと樹海に入った女が途中で脚をくじいてタツヤに電話してくる。タツヤはケータイの声だけを頼りに彼女を探す。借金回収のため必死で思い止めさせようとするタツヤだが、そのうちに自分の人生を見つめなおしていく時間に変化していく。ほとんどのシーンがケータイに語りかけながら樹海をさまようという池内博之の一人芝居で、その短い間にチンピラが一人の人間に戻っていくのだ。カネを通してしか人間を見られなかった男が、最後に自分を頼ってきた女のおかげで他人への思いやりを取り戻すのだ。東京タワーの思い出とともに、少しだけ成長する男の姿が心地よい。


井川遥扮する女店員が樹海で首を吊ろうとした原因が、自殺者に共通した心理なのだろう。もはや自分は他人から必要とされていない、自分が死んでも誰も困らない。借金苦の女が逃げ出したかったタツヤに最後に電話してきたのは、どんな形であれタツヤが自分を必要としてくれていたからだ。一方で、山田の名刺と写真を残して死んだ女のように、自分のことを誰かに覚えておいてもらいたいという思いも強い。命は自分だけのものではない。その命題を、淡々とした語り口の中でこの作品は強く訴える。


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