こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

蜂蜜

otello2011-03-30

蜂蜜 BAL


ポイント ★★*
監督 セミフ・カプランオール
出演 ボラ・アルタシュ
ナンバー 70
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


木漏れ日だけが地上に落ちる緑濃い森の奥、男は高い枝に仕掛けたミツバチの巣箱から蜂蜜を採ろうと木に登る。わずかな家畜と小さな畑、そして蜂蜜の収穫、ほとんど手つかずの山野から必要なだけ分け前をもらい質素に生きる人々の素朴なライフスタイルが美しい。物語は山里で両親と暮らす6歳の少年を主人公に、彼と彼の家族の関係を描く。カメラは少年の主観で世界を見ない。代わりに少しの表情の変化も逃さないように彼にレンズを向ける。瑞々しい自然を背景に、人間の存在そのものを浮かび上がらせるかのような詩情に満ちた映像は繊細で調和のとれた写真集を見ている気分になる。


小学校に通い始めたユシフは教科書を朗読出来なかったことを級友に笑われ、誰とも話さなくなる。一方、ユシフの父は蜂蜜が不作のため山のさらに先に出かけるが、そのまま連絡が途絶える。


新しい靴をくれたり滑らかな話し方を指導してくれた父をユシフは大好きで、特に森で蜂蜜を採取する姿に憧れている。ところが、父の突然の不在を、彼はどう受け止めたらよいかわからない。もちろん“死”という概念はまだ理解できず、いなくなって淋しいのだが、その気持ちをどう表現すればよいのか彼自身戸惑っている。映画はただただそんなユシフを追う。説明的な音楽やセリフは一切なく、やや冗漫にも思える長まわしのカットと躍動感に乏しいシーンの連続は、まるで余白だらけの小説を読んでいるよう。しかし、あくまでも抑制の効いた演出は、その余白を埋めるのではなく広げることで観客のイマジネーションを刺激する。


◆以下 結末に触れています◆


ユシフは父が飼っていたミミズクに導かれて父が消息を絶った森の奥に足を踏み入れる。深い眠りの中できっと彼は父に再会できたに違いない。幼いユシフの心に芽生える様々な感情は、大人ほど複雑ではないが傷つきやすい。だが、切り替えが早いのも事実。やがて新しい環境にも慣れ、父との記憶を懐かしく思い出す日が来るのだろう。。。