こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ファイティング・ファミリー

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鍛え上げた技を次々と披露し観客の視線を一身に浴びる快感。たとえそれが酔っ払いばかりのホールでも、ファンからの声援は、時に罵声であっても生きる力を与えてくれる。物語は英国の小さな町でプロレス興行を生業にする家族の長女が、より大きなステージに立つために本場で修行する姿を描く。オーディションには合格した。米国のジムに招集された。そこで待っていたのは異次元の世界。英国では “女の子” であるだけで注目されたが、米国では金髪長身プロポーション抜群のセクシー美女たちが真剣にレスラーを目指している。彼女たちの強烈な上昇志向に圧倒されたヒロインは、ハードな練習に青息吐息。大金を稼げるショービジネスとしてすっかり定着している米国プロレス界の、レスラーたちのステイタスの高さが興味深かった。

両親も兄もレスラーのプロレス一家に育ったブリトニーは地元では人気者。ある日、米国のプロレス団体・WWEから誘いの電話があり、兄のザックと共にオーディションを受ける。

会場で偶然言葉を交わしたのがスーパースターのザ・ロック。プロレスラーといっても二流以下のザックとブリトニーは彼に助言を求める。いささか無礼ともいえるザックの聞き方にも、ザ・ロックは笑顔を崩さず応えているが、突然怒りだす。そこで “ザコどもが俺に慣れ慣れしくするな!” という本音を露にした怒鳴り方を見せて、心の底から本気でキャラを演じ切る大切さをザ・ロックは2人に伝えようとするのだ。いまやハリウッド俳優の中でも稼ぎ頭のドウェイン・ジョンソンの金言は、あらゆるビジネスに通じる普遍性があった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

フロリダの訓練所に集められたブリトニーたち練習生たちは、半分以上が脱落する厳しい特訓を受ける。友人もできず一人寂しく夜を過ごすブリトニーは、金髪3人組との溝も深まる。ところがふとしたきっかけで、彼女たちの方がよほど腹を括ってこの合宿に参加しているとブリトニーは知り、己の甘さに気づく。夢を追う覚悟、それは退路を断つことだとこの作品は訴える。

監督  スティーブン・マーチャント
出演  フローレンス・ピュー/レナ・ヘディ/ニック・フロスト
ナンバー  208
オススメ度  ★★★


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https://fighting-family.com/

アナベル 死霊博物館 

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秘密にされると知りたくなる。施錠された部屋には入りたくなる。ガラス箱に閉じ込められた人形は外に出したくなる。そして、抑えられない好奇心と愛する者への強い思いが禁断を破ってしまう。物語は、人形に憑依した悪霊が解き放ってしまったのを機に起きる、一昼夜の恐怖を描く。怪しい影はなかなか正体を見せない。廊下の奥から少しずつ様子を見て攻撃を仕掛けてくる。彼らもまた人間を警戒しているのだろう、神に通じる力を持つ者には近寄ってこない。やがて悪霊たちは生きている者に対する敵意をむき出しにし、生命エネルギーを吸い取ろうとする。わずかな気配、不審な物音、勝手に開閉するドアetc. 真綿で首を絞めるような演出はまさしくホラーの王道だ。さらに、霊感少女と女子高生2人の微妙な人間関係が悪霊以上の緊張感をもたらしていた。

霊媒師夫婦の娘・ジュディはシッターのメアリ、メアリの友人・ダニエラの3人で一夜を過ごす。ダニエラが名高い悪霊人形・アナベルの保管ケースを開けると、悪霊たちがうごめきだす。

大きく見開いた青い目、前髪を切りそろえたおさげの金髪、深く刻まれたほうれい線。あまりかわいいと思えないこの人形も持ち主に愛されたことがあったはず。霊媒師夫婦はアナベル人形は媒体にすぎず、きちんとケアすれば問題ないと断言する。だからこそ悪霊祓いを受けガラスケースに収められている間はおとなしくしている。だがアナベルについた悪霊は、父の事故死に責任を感じているダニエラの心を利用する。そのあたり、人の弱みに付け込む悪霊の狡猾さが恐ろしかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

夜になり、悪霊たちが本格的に活動し始めると少女たちはパニックになるが、ジュディだけはキリスト像が彫られた十字架を手に対処する。隣人のボブも加わって悪霊とのバトルはオールナイトで続く。その過程で、人に害をなす悪霊ばかりではなく優しく見守り時に味方をしてくれるいい霊もいるのが救いだった。あと、スプラッターに走らず登場人物が死ななかったのも後味がよい。

監督  ゲイリー・ドーベルマン
出演  マッケンナ・グレイス/マディソン・アイスマン/ ケイティ・サリフ/パトリック・ウィルソン/ベラ・ファーミガ
ナンバー  226
オススメ度  ★★*


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http://wwws.warnerbros.co.jp/annabelle-museumjp/

アイネクライネナハトムジーク

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“運命の出会い” などいくら待ってもやってこない。後になって幸せを実感して初めて気づくものだから。偶然の時もある、必然の時もある。その時はあっさりスルーしても、過去を振り返ると心に引っかかりが見つかるのだ。物語は、出会いがないと嘆く男と女が、それぞれなにげない時間の中で特別な一瞬を迎える姿を描く。他愛ない会話、ありふれたすれ違い、でも少しだけいつもと違うなにかに遭遇する。それをきっかけに行動を起こすと未来が変わるかもしれない。様々な男女の日常を通じて、あまり劇的ではない瞬間が彼らの未来に影響を及ぼしていく。生きるとは決断の連続、なにもせずルーティンに埋もれるよりも、善意と良心を持って積極的に他者とかかわれば、おのずと幸運は転がり込んでくるとこの作品は訴える。

街頭アンケートで紗季に声をかけた佐藤は、しばらく経って交通整理をする彼女を見かけシャンプーを手渡す。ボクシング世界戦で勝利を収めた小野は電話友達の美奈子に告白する。

舞台は仙台、そこそこ都会っぽい。佐藤の親友・織田がキーパーソンとなって、知り合いの知り合いをたどればたいていの人とどこかでつながっている。しがらみだらけの村社会ではなく、東京のように他人への無関心がはびこっているわけでもない。ちょうどいい対人関係の距離感で世の中が回っている。そんな居心地のよい環境で付き合いだした二組の男女は恋人同士になっていく。彼らを見守るようなカメラの視点がやさしさに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして10年後、佐藤は紗季と同棲はしているが結婚はしていない。美奈子は小野と家庭を持ち、再起戦にかける夫の背中を押している。一方で、彼らの次の世代が重要な登場人物として浮かび上がる。へらへらしている父に嫌悪感を抱く久留米が、父の巧妙かつ有無を言わせぬ危機管理能力に考え方を変えていく過程は、尊敬されなくなった父親たちがどうすれば威厳を取り戻せるかを教えてくれる。腕力ではない、張り巡らせた人間のネットワークこそが人生を豊かにするのだ。

監督  今泉力哉
出演  三浦春馬/多部未華子/矢本悠馬/森絵梨佳/恒松祐里/萩原利久/八木優希/成田瑛基/貫地谷しほり/原田泰造
ナンバー  225
オススメ度  ★★★


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https://gaga.ne.jp/EinekleineNachtmusik/

アド・アストラ

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広大な宇宙空間の旅は無限と永遠の間を彷徨うような静謐に満ち、人を内省的にする。話し相手となるべき人々はいない、通信も断った。音もなく光も薄い中、数十日もの沈黙に耐えなければならない。脳裏によみがえる記憶と対話し、懐かしい思い出に一息つく。そんな、命令に背きたった一人で目的地に向かう男の孤独がリアルに再現されていた。物語は、十数年前に星間旅行ミッション中に消息を絶った父を探して太陽系外縁部を目指す宇宙飛行士の苦悩と葛藤を描く。死んだはずだった。なのに今は害をなす存在、止めなければ地球の文明が滅んでしまう。なにより子供のころから憧れていた父にもう一度会いたい。だが、常に冷静な判断が求められる宇宙飛行士に感情を刺激する私情は禁物。主人公もまた反乱者となり真実に迫る姿は求道者のようだった。

サージと呼ばれる深宇宙からの宇宙嵐が地球を襲い大損害が出る。米国宇宙軍は、サージを発生させたクリフォードに対し、息子のロイから説得のメッセージを送らせる。

クリフォードはかつて地球外生命体探査船に乗ったまま行方不明・死亡したことになっているが、海王星の軌道で生存が確認される。いまだに夢は叶えていないが、あきらめてもいない。一方で任務を遂行するためにたくさんの乗組員の命を奪った事実をロイは聞かされる。クリフォードの実像が明らかになるにつれ、少しずつ乱れていくロイのメンタル。平静を保つべく訓練された宇宙飛行士の、喜怒哀楽を抑制した微妙な表情をブラッド・ピットはわずかな面差しの変化だけで繊細に演じ分ける。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

火星で任務不適格とされ解任されたロイは、クリフォード暗殺のために海王星に送られる宇宙船を乗っ取る。もう後戻りできない。なんとしてもクリフォードと会い、彼の真意を知りたい。そしてかつてヒーローだった父との再会。空間的距離は克服したのに、過ぎ去った時間は心の距離を埋められないところまで離してしまっている。もう理解し合う機会のない父子の断絶と別れが哀しくも切なかった。

監督  ジェームズ・グレイ
出演  ブラッド・ピット/トミー・リー・ジョーンズ/ルース・ネッガ/リブ・タイラー/ドナルド・サザーランド
ナンバー  224
オススメ度  ★★★


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http://www.foxmovies-jp.com/adastra/

盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲

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目の前に死体が転がっている。女は取り繕い男はスーツケースで死体を運び出そうとしている。目が見えないと偽っている青年は危険を感じ、目撃した事実を黙っているしかない。物語は、“音楽に集中するため” に視覚を封じて生きてきたピアニストが殺人事件の現場に遭遇、口封じに命を狙う犯人たちから逃走する過程を描く。後手後手に回るうちに追い詰められ、間一髪のがれてもまた別のピンチにさらされる。煮え切らない主人公は、それでも腹を括れない意気地なし。やっとつかんだ反撃の機会も別の悪党に利用されるばかり。手垢のついた勧善懲悪の展開にはせず、次から次へと嘘と裏切りが彼を襲い、まったく先が読めない。インド映画らしく脇の甘いところがあると思えば、一方で簡単に人が死ぬ。なかなか味わえないテイストの作品だった。

視覚障碍者のふりをしているアーカーシュは、演奏を依頼されたシミーの高級アパートで、彼女の夫の死体を見つける。通報するために警察に行くと、署長がシミーの愛人で、死体は見えていなかったととぼける。

さらにシミーが別の目撃者を突き落とすところに出くわしたアーカーシュは、実は晴眼者ではと見抜かれ毒を盛られ、本当に視力を失う。署長にも殺されそうになるが脱出、協力者を求めて手探りで街をさまよっていると知人に助けられるが、彼らもまたカネに目がくらんだ臓器売買グループ。このあたり、アーカーシュにとって絶望的な状況の連続なのに危機感を煽る演出はまったくない。どこかコメディを見ているようなドタバタ調の映像は、まだまだ何か仕掛けがあるのではという期待が膨らむ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

アーカーシュは臓器売買グループをうまく言いくるめ、シミーを拉致させて署長から大金を巻き上げさせる。いまや3すくみの騙し合いとなるが、アーカーシュはあくまで気の小さい善人のまま。最後まで運任せで悪人たちの “自業自得” を待つ姿は、運命とは戦わずに逃げることに専念していれば、人生は自然と落ち着くべきところに落ち着くと達観しているようだった。

監督  シュリラーム・ラガバン
出演  アーユシュマーン・クラーナー/タブー/ラーディカー・アープテー
ナンバー  217
オススメ度  ★★★


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http://m-melody.jp/

今さら言えない小さな秘密

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自転車はハンドルを握って横を歩くもの。サドルにまたがってペダルを漕ぐのは乾坤一擲の大勝負の時だけ。物語は、子供のころから自転車に乗れないという秘密を抱えてきたまま、村一番の自転車修理工になってしまった男の苦悩を描く。父を落胆させたくなかった。恥ずかしくて誰にも言えなかった。でもありったけの勇気を振り絞ったら奇跡が起きた。そのせいでますます彼は真実を口に出せなくなる。そして、クラスメイトから受ける羨望と尊敬のまなざしと、村人の期待を裏切るまいと “伝説” を演じ始める。やがて誰も彼が自転車を苦手にしているなんて信じなくなり、事情を知った人には禍が降りかかる。そんな主人公の、嘘をつきとおさなければならない居心地の悪さがユーモアたっぷりに再現されていた。

父のもとで自転車乗りの練習に励むラウルは、バランス感覚に乏しくなかなか乗りこなせない。ある日、小学校のツーリング教室に参加したラウルは、自転車で坂道を下って見事な空中大回転を披露する。

一躍ヒーローになってしまったラウルは、あえて大技の練習に疲れた様子を装い人前では自転車に乗らないようになる。彼を疑う者はいない。そうやってなんとか大人になるまでごまかしてきたが、やはり良心の呵責に耐えきれない。だが、打ち明けた父が口止めされ恋人にも警告が発せられる。もはや神の意思なのかと思わせる彼の運命。テクノロジー普及以前ののどかな田園風景と村人の素朴な日常が心地よく、目に見えない摂理と人間の距離がすごく近くに思える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

村にやってきた写真家・エルヴェと親しくなったラウルは、彼にモデルを頼まれる。頑なに断るが妻の強力な勧めもあって渋々引き受ける。このあたりも、周囲を欺き続けてきた己を呪いつつなんとか切り抜けようとするラウルの心理がリアルで、その弱さに思わず共感した。本当はできるのに不可能とあきらめている。自分を縛り付けているのは自分自身の思い込み。自信を持って踏み出せばきっと道は開けるとこの作品は教えてくれる。

監督  ピエール・ゴドー
出演  ブノワ・ポールヴールド/スザンヌ・クレマン/エドワール・バエル
ナンバー  222
オススメ度  ★★★*


↓公式サイト↓
http://www.cetera.co.jp/imasaraienai/

 

 

記憶にございません!

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こんなに嫌われていたのか。こんなに人を傷つけていたのか。こんなにずるがしこかったのか。失った過去をたどるうちに自分の評判を耳にした男は、もう一度やり直す決意をする。物語は、頭に投石を受け記憶障害に陥った総理大臣が、己が汚した政治の世界を自らの手で浄化していく姿を描く。野党はもとより、与党内の政敵、妻にもマスコミにも絶対に漏れてはならない。秘密を知るのは3人の秘書官だけ、彼らの懸命のフォローで次々と難局を切り抜けていく。政治家の汚職与野党間の癒着、マスコミの恫喝、家族のトラブル。少しずつ現実に触れるうちに彼はこのままではいけないと気づいていく。別人格になったかのように政策を転換させていく過程は、あるべき政治家像を追っているようだ。そこに、笑いに加えて毒も含ませてほしかった。

病院で目覚めた黒田はアイデンティティを喪失したまま街に出るが、秘書の井坂に無事保護される。混乱を恐れた井坂は、なんとか黒田を操って当面の問題をごまかそうとする。

首相官邸から国会の裏事情、閣議における官房長官の専横、不倫中の妻や飲酒で補導された息子など、日本の最高権力者といえども気を遣う相手に囲まれている。ところが横暴で欲得ずくだったころを忘れている黒田は、これを機に理想の政治家を目指そうとする。旧弊を改めしがらみを絶つ黒田に共感する者が、改革に反感を持つ者を排除していくプロセスはコミカルかつすがすがしい。彼の背中は、言葉に行動が伴ってこそ信頼されると訴える。それにしてもみなガラケーを使っているのはなぜだろう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

最大の懸案である米国大統領との交渉も無事成功し、あとは敵対する幹事長を追い出すのみ。黒い交際以上のスキャンダルには思わず腹を抱えた。ただ、そもそもこれほどの一大事を秘書だけで対処できるかか疑問。井坂が黒田を操って国政を牛耳ろうと企む設定なら理解できるが、まずは官房長官ら閣僚に報告するはずだ。架空の国の話であれば納得したのだが。警視庁の警官が稚内に飛ばされるのも不自然だ。

監督  三谷幸喜
出演  中井貴一/ディーン・フジオカ/石田ゆり子/草刈正雄/佐藤浩市/小池栄子/斉藤由貴/木村佳乃/吉田羊
ナンバー  218
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
https://kiokunashi-movie.jp/