こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

冬時間のパリ 

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ある者は押し寄せるデジタル化の波にのみこまれまいと抗っている。ある者は積極的に変化を受け入れ勇躍のチャンスにしようとする。フランスの出版業界が抱えている問題は日本とまったく同じ。“変わらぬためには変わるしかない” という言葉がリアルな重さを伴っていた。物語は、老舗出版社の敏腕編集者を軸に、彼にかかわった人々の恋愛模様をスケッチする。いまや紙に印刷されきちんと装幀された本は売り上げが激減し、安価な電子書籍でさえも行く先は不透明。デジタル化が加速される未来が来るのは間違いない。わずかに残された書籍の牙城を守ろうとする編集者は、愛人でもあるデジタル推進者と激しい議論を重ねる。他方、私小説的作品で炎上した中年作家は、文章の質にこだわっても売り方には無関心。莫大な量のセリフがパリに生きる知識人の “いま” を活写していた。

新作の売り込みに来たレオノールを軽くあしらった担当編集者のアランは、部下のロールと浮気中。一方のレオノールは前作を暴露小説と読者から批判され、必死で弁明する。

アランが勤める会社は身売りの話が持ち上がるほど売れ行きは落ち込んでいるが、アランにも焦燥感はあり打開策を模索中。情報がタダで手に入る時代、消費者は本の値段が高いと感じ、半額で手に入る電子版も不興。ところが、やっぱり紙の本のほうが好きな読者もいて書籍販売額微増のデータもある。いずれにせよ出版業界が初めて直面する未曾有の危機。それでも彼らはオンとオフはきっちり分け、不倫相手との時間はきちんと確保する。このあたり、人生で最優先させるべきものは決して仕事ではないところが粋だ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

レオノールの愛人はアランの妻・セレナ。彼らは6年にわたる仲、だがアランは感づいていない。なのに、ふたりは暴露小説がきっかけで破局、結局アランもレオノールも妻の元に戻る。2組の夫婦はともにバーベキューを囲んで談笑するが、それぞれの秘密に気づいていても大人の対応をする。いかにもフランス人っぽいカップルの形が印象的だった。

監督  オリビエ・アサイヤス
出演  ギョーム・カネ/ジュリエット・ビノシュ/バンサン・マケーニュ/ノラ・ハムザウィ/クリスタ・テレ/パスカル・グレゴリー
ナンバー  305
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
http://www.transformer.co.jp/m/Fuyujikan_Paris/

THE UPSIDE 最強のふたり

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莫大な富を手に入れたのに身体の自由を失った老人と、ツキに見放された暮らしに自信も自尊心も無くしている男。まったく接点のない二つの人生が出会ったとき、2人の中で自分にはなかったものに対する欲求が芽生え始める。物語は、要介護生活を送る大富豪と彼の介助人となった失業中の男の友情を描く。マナーをわきまえず言葉遣いも下品な男を、上流階級の人々は誰しもが奇異な目で見る。ところが大富豪は彼の飾らない人柄を気に入って雇う。格差社会の頂点と下層を代表するような2人、お互いにその種の人々とは口をきいたことはない。だが日常を共にするうちに、富豪は他人の気持ちへの忖度を、男は報酬をもらって仕事をする責任感を学んでいく。パラグライダーで舞うシーンは、大空に向かって開かれている想像力を象徴していた。

超高級アパートのペントハウスに住むフィリップのもとで住み込み介助人の職を得たデルは、高級車コレクションに目を丸くする。さっそくお出かけにフェラーリのハンドルを握る。

ご機嫌を損ねないように立ち回る周囲の男女とは違い、デルはフィリップ相手でもずけずけと本音を言う。そんなデルにフィリップは新鮮さを覚え、今までの思慮深い生き方ではなく思うままに冒険するときめきに目覚める。秘書のイヴォンヌは顔をしかめるがデルはお構いなし。導尿管をつけるときにデルが “ペニス” と言い淀むシーンに、彼にも卑語への慎みがあると示唆する。デルのような貧困層の人々も根は善良で、犯罪に走るのは育った環境が悪かっただけだと訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、オペラ鑑賞中にべらべらしゃべったり、高級レストランで大声を出したりと、笑いを誘う前にこちらが眉を顰めるほどの空気の読めなさは不快。そのあと彼がオペラファンになり、夜の女王のアリアや「誰も寝てはならぬ」を鑑賞できるまでに成長する姿は楽しかったが。そして、ニコール・キッドマン扮するイヴォンヌの存在感が圧倒的で、主役の2人より彼女の美しさに注意が行ってしまった。

監督  ニール・バーガー
出演  ブライアン・クランストン/ケビン・ハート/ニコール・キッドマン/ゴルシフテ・ファラハニ
ナンバー  304
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
http://upside-movie.jp/

テッド・バンディ

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こぼれるような笑顔と相手の気持ちを先読みする濃やかな心遣い。明晰な頭脳はプロの法律家を前にしても一歩も退かず、信念を曲げることはない。物語は、20人以上の女性を殺害し死刑判決を受けた男の後半生を描く。状況証拠は明らかに彼の犯行を示唆しているが一切認めず無罪を主張する。憎むべきシリアルキラーなのに劇場型裁判のおかげで熱烈な支持者まで現れてくる。さらに減刑を得るために取引しようとする弁護士を解任する。豊富な法の知識を駆使して自分自身の弁護をするシーンは、検察・裁判官までもけむに巻く痛快さ。希代の大嘘つきなのか、まだ明かされていな真実はあるのか。「パピヨン」を愛読書に、希望を信じ恋人にも信じさせ、脱走を繰り返す姿は、法と国家にひとりで立ち向かうアンチヒーローの風格さえ漂っていた。

1970年代の米国、シングルマザーのリズをナンパしたテッドは、そのままリズ母娘と暮らし始める。ある日テッドはユタ州で逮捕され、女子大生誘拐事件の容疑者として新聞に顔写真を掲載される。

証拠不十分で釈放されたテッドだが、今度はコロラド州で逮捕され殺人罪で起訴される。事態は新たな展開を呼び、州をまたいだ連続殺人事件の様相を帯びてくる。そこでも無実を訴えるテッドは裁判中に逃亡する。決してあきらめない意志の固さと行動力、そして知能の高さは、もしかしたら冤罪なのかと思わせるほど。現代なら解離性同一性障害などと分類するのだろうが、この作品はそうしたアプローチはせず、あくまでテッドの言動を追う。彼が何を考えているのかは最後まで分からない。人格が入れ替わったがゆえに、第一人格である優しいイケメンのテッドは本当に殺人の記憶がないのかもしれない。そのあたり、解釈を見る者に委ねるスタンスが心地よい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

元恋人のキャロルだけはテッドに寄り添い、公判にも通い続ける。一方のリズはテッドと距離を置き、新しい人生を歩んでいる。最期にテッドが明かした衝撃の事実。“HACKSAW” は、リズが己を納得させるため思いついた創作に見えてきた。

監督  ジョー・バーリンジャー
出演  ザック・エフロン/リリー・コリンズ/カヤ・スコデラーリオ/ジェフリー・ドノバン/アンジェラ・サラフィアン/ハーレイ・ジョエル・オスメント/ジョン・マルコビッチ
ナンバー  303
オススメ度  ★★★*


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http://www.phantom-film.com/tedbundy/

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け

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肉体は滅びても魂は霊体となって存在し、生きている人々を自在に操っている。精神を極限にまで研ぎ澄まし物理的な作用をもたらすまでに昇華したパワーは、独裁者の野望を抱く者でも身につけることができるのだ。冒頭で蘇る銀河皇帝、実はこのシリーズ、彼こそが裏主人公であると宣言する。物語は、一段と成長したヒロインが自らの出自を知り運命に決着をつけるまでを描く。コインの表裏のような関係にある男も究極の権力を握るために彼女を必要としている。一方で自由を求めて一緒に戦う仲間たちも残り少なくなった。そして最後に問われるのは彼らの体に流れる血。そのままでは呪われた力でしかない。良心と理性に裏打ちされた人間だけが世界を変えられる。相反する二つの「正義」が並立する銀河の対立構造は、価値観の多様化した現代社会に「真実」とは何かを問いかける。

ファイナル・オーダーの最高指導者となったカイロ・レンは、ルークの下で修業中のレイにテレパシーを送り共に銀河の支配者になるべく協力を呼び掛ける。レイはレンの心に残った善なる部分に訴えようとする。

飛び立った輸送船をフォースで引き戻そうとするレイと、阻もうとするレン。2人の間で壮絶なフォースの綱引きが繰り広げられるが、ジョージ・ルーカスがこだわってきたライトセーバーによるチャンバラの美学が台無しだ。パルパティーンも指先からエネルギー波は出すがセイバーは使わないし。また、白い防具の下っ端兵卒・ストームトルーパーも相変わらずレジスタンス軍にあっさり殺されるが、脱走兵のフィンを知った後では、“彼らにも親や兄弟がいるのにな” などとかわいそうになったりもする。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

いろいろ気になる場面もあるが、圧倒的な情報量と目まぐるしい展開は予想通りではあったが壮大なサーガに大団円にふさわしい風格。米国のライバルとなった2010年代の中国が、このシリーズに大きな影響を与えているのは明らかだ。再度パルパティーンを復活させて、新たな3部作が始まりそうな予感がする。

監督  J・J・エイブラムス
出演  デイジー・リドリー/アダム・ドライバー/ジョン・ボイエガ/オスカー・アイザック/マーク・ハミル/キャリー・フィッシャー/ビリー・ディー・ウィリアムズ/ルピタ・ニョンゴ/ドーナル・グリーソン/ケリー・マリー・トラン/ヨーナス・スオタモ/アンソニー・ダニエルズ
ナンバー  302
オススメ度  ★★★★


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https://starwars.disney.co.jp/movie/skywalker.html

ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方

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やせた土、枯れた池、伸び放題の雑草。都会に住む夫婦が手に入れたのは農地とは名ばかりの荒れた土地だった。だが彼らはあきらめずに土壌を改良し、水源地から水を引き、家畜を放牧して、様々な農作物が収穫できる耕作地に変えていく。農薬は決して使わない。家畜は基本的に放し飼い。動植物や微生物の力を最大限利用する。その徹底的な有機農法は、化学肥料が生み出さされる19世紀以前の古いスタイルに戻しただけなのに、近未来の農場を見ているようだ。カメラは、そんな農業スタイルを追求するカップルに密着、彼らの地道で想像力豊かな生産現場をレポートする。手間もコストも非常にかかっている。ところが彼らに共感する人々は後を絶たず出荷するとすぐに完売、米国における需要の高さが印象的だった。

飼い犬の吠え声がうるさいとアパート追い出されたジョニーとモリーはLA郊外の広大な休耕地を買う。資金集めは順調、指導者を雇い、1年目は農地に果樹を植える準備に費やす。

家畜やミミズの糞は貴重な肥料となり、自家製の堆肥は木々の成長を促す。ほどなく野生の鳥や獣たちが戻ってくると、木の実をかじられたりカモや鶏がコヨーテに襲われたりカタツムリの大量発生で果樹の葉が全部食べられたりと、悩みの種は尽きない。一方で、最初に飼ったメスブタが17匹もの子を次々に生むシーンは、誕生の神秘とともに母の乳首に群がる赤ちゃんブタのかわいらしい姿が重なり、生きるために人間は他の命をいただいていることを実感させてくれる。数年を経て見事によみがえった緑あふれる農地の幾何学模様は、美しさ以上に生命の力がみなぎっていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて、より自然と共生する農場という理想に近づくが、まだまだ課題は山積。それでも、肉食鳥獣で害獣害虫を駆除する方法を生み出し、オーガニックのルールは厳守するジョニーとホリー。さらに干ばつや地下水の枯渇、山火事といった災害に見舞われる。開始から8年、ふたりの壮大な実験に寄り添うカメラの視線はあくまでも優しかった。

監督  ジョン・チェスター
出演  ジョン・チェスター/モリー・チェスター
ナンバー  283
オススメ度  ★★★*


↓公式サイト↓
http://synca.jp/biglittle/

再会の夏

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塹壕を飛び出して砲弾をかいくぐり、突撃した先に待っているのは敵の歩兵部隊。小銃を撃つ余裕などほとんどなく銃剣での突き合いになる。泥まみれ血まみれ、第一次世界大戦時の地上戦を再現した戦闘シーンは兵士たちのリアルな恐怖と興奮と痛みが伝わってくる。物語は、戦場で武勲を立て勲章までもらった男がなぜ国家を侮辱する言動を取ったのか、その真相を探る過程を描く。彼は留置場に勾留されている。投げやりな態度は生きる希望を失っているかのよう。戦場で彼の身に何が起きたのか、事情聴取をする担当判事は彼の過去を知るうちに、自分たちの世代が起こした戦争で多くの若者たちが傷つき死んでいったことに思い至る。息子や孫を失った老婆の、祖国に対するやり場のない怒りが “正義” のもう一つの現実を象徴していた。

口を閉ざしたまま背中を向けるモルラックに言葉をかけるランティエ少佐。建物の外では黒い犬がモルラックの帰りを待っている。ランティエは村人たちに聞いて回るがモルラックの評判はいい。

モルラックの恋人・ヴァランティーヌに会いに行ったランティエは、彼に息子がいることを知る。だがモルラックとヴァランティーヌは絶縁状態、なぜそうなったかはふたりとも話さない。ランティエに少しずつ心を開き始めたモルラックはぽつぽつと戦場での体験を語り始める。前線で命を張る兵士は連合国同盟国問わず「インターナショナル」を歌う農民・労働者階級。彼らはロシア革命を機に司令部を無視して勝手に和戦しようとする。このあたり、「連帯」が祖国への忠誠に勝っているなど、社会主義の影響力が強かった時代の影が色濃く反映されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

休戦協定とヴァランティーヌが待つ故郷、二つの場所での行き違いがモルラックの運命を変える。自分は勲章に値する人間か、父親として息子に胸を張れるのか。自責の念を覚え自信を喪失していたモルラックは自問し、否という答えを出している。深く悩む前に人の話をちゃんと聞けという他愛のない教訓は、むしろハッピーな気分にさせてくれた。

監督  ジャン・ベッケル
出演  フランソワ・クリュゼ/ニコラ・デュヴォシェル/ソフィー・ヴェルベーク
ナンバー  301
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
http://saikai-natsu.com/

影裏

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単身赴任でやってきた見知らぬ町になかなかなじめなかった。職場とアパートを往復するだけの日々だった。そんな時出会ってしまった不思議な魅力の男。物語は、携帯電話は持たないままズケズケと自分の領域に踏み込んでくる男と知り合った青年の、真実を求める過程を描く。突然いなくなってはふらりと現れる。明るく饒舌かと思ったら、陰りのある表情を見せる。おおらかな性格かと思えば秘密めいたところもある。親しいはずなのに決して本心はさらさない。彼と交流するうちに、主人公は恋心を抱くようになる。全編を通して不快な不協和音が通奏低音となり、俳優のアップや何気ないショットにも不穏な空気を孕ませる。緊張感に満ちた演出は、現代人の微妙で壊れやすい人間関係の距離感を象徴していた。

医療物資配送センターで働く今野は飄々とした雰囲気を持つ日浅と言葉を交わす。酒を飲むうちに2人は意気投合、釣りを通じて友情を深めている。ところが日浅は誰にも告げずに会社を辞める。

理由を聞いている者はいない。今野は裏切られた気持ちになるが、しばらくして日浅は何事もなかったかのようにひょっこりと今野のアパートにやってくる。営業マンに転職した日浅は上機嫌でほどなく2人の仲も元に戻る。だが以前の日浅とはわずかだが決定的に違っている。今野は違和感を覚えながらも深くは考えない。今野の性的指向も影響を及ぼしているのか一度吹き始めた隙間風は止まらない。やがて些細なことでの言い合いが2人の間にくさびを打ち込む。大人になってからできた友人、お互いに素性を知らないまま付き合う関係に、本物の感情はこもっているのかとこの作品は問う。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして3・11が過ぎ、職場の訳知りおばさんから日浅が津波被災地で行方不明になったと教えられる今野。さらに、探り当てた日浅の家族から明かされた衝撃の真実。心に闇がない人間などいない、覗き込んだ深淵から見返されるかのごとき不気味さを松田龍平は繊細に演じる。鼻声でぼそぼそ話す姿は松田優作そっくりだった。

監督  大友啓史
出演  綾野剛/松田龍平/筒井真理子/中村倫也/國村隼/永島暎子/安田顕
ナンバー  271
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://eiri-movie.com/