こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

テリー・ギリアムのドン・キホーテ

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戦う相手は風車に見える邪悪な巨人なのか、胸のうちに芽生えた虚栄心なのか。老人は騎士道のあるべき姿を求めてさまよい、老人の従者にされた男は彼を通じて己を見つめ直していく。物語は、「ドン・キホーテ」撮影中の監督がプレッシャーのあまり現場から遁走し、自らの過去と対峙する過程を描く。若き日の自分にはあふれ出すアイデアと情熱があった。だが、彼によって人生が大きく変わった人たちもいる。どこまで責任を負うべきか、関わるのを避けるべきか迷うが、望まぬ形で逃亡する羽目になる。正気を失った老人、夢に破れた少女。彼らとの再会が少しずつ監督の中で消化されていくうちに、監督もまた困難に立ち向かう勇気を取り戻していく。現実と妄想のはざまで揺れ動く映像は心地よい悪夢を見ているかのごとき気分になった。

学生時代に制作した映画のロケ地を再訪したトビーは、主役に抜擢したハビエルがすっかりドン・キホーテになり切って暮らしていると知る。ハビエルはトビーが従者と思い込み、強引に旅へと連れ出す。

火事の参考人として警察に追われているトビーはハビエルについていかざるを得ない。文明から切り離されたようなスペインの田舎町、馬とロバで移動する彼らの足跡はなかなかつかめない。その間ハビエルの純粋さに触れたトビーは、売れっ子になったが故のおごりとしがらみで動きが取れなくなっていたと気づく。創作に行き詰ったアーティストの苦悩というにはバタ臭いが、トビーの脳内では記憶と感覚が混ざり、奇想と奇譚が次々に展開する。そのつじつまの合わない世界観は混沌と秩序が矛盾せずに存在する奇妙な宇宙のようだった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、トビーはロシア人富豪の愛人・アンジェリカを救出しようとするが力及ばず、ドン・キホーテとして乗り込んできたハビエルも歯が立たない。ただ、テリー・ギリアムらしからぬ切れ味が乏しい演出からは、“思い通りにならないことばかりでも人は生きていかなければならない” といった陳腐な教訓しか思い浮かばなかった。

監督  テリー・ギリアム
出演  アダム・ドライバー/ジョルディ・モリャ/ジェイソン・ワトキンス/ジョナサン・プライス/ステラン・スカルスガルド/ジョアナ・リベイロ /オルガ・キュリレンコ
ナンバー  15
オススメ度  ★★*


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http://donquixote-movie.jp/

キャッツ

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そっと気配を消して忍び寄る。高いところをジャンプで飛び移る。警戒心を解いてじゃれ合う。それらの仕種を真似ながらも、クラシックバレエ的なしなやかなダンスと歌で、不安・期待・喜び・たくらみ・希望・思い出といったさまざまな感情を表現する。人々が寝静まった夜の大都会で繰り広げられる猫たちの宴。物語は、年に一度転生のチャンスを待つ猫たちの一夜を描く。元飼い猫にとって、そこは未知の世界。野良猫たちにもそれぞれの生き方があり、夢を抱いている。だが選ばれるのは1匹だけ、それでも己を信じて今までやってきたこと今できることを必死でアピールする。時に仲間を蹴落とさなければならない。でも仲間の危機を知らぬふりはできない。長老のために力を合わせ、欲深い猫と闘う猫たちのミュージカルナンバーは理解を越えた楽しみを提供する。

ジェリクルキャッツたちの集会に招かれた捨て猫のヴィクトリアは、思い思いに生きる猫たちに目を丸くする。猫たちは長老猫・オールドデュトロノミーによる指名を心待ちにしていた。

初めて出会ったたぐいの猫たちに驚きを隠せないヴィクトリア。餌は自分で調達しなければならないけれど、誰にも拘束されない彼らに、彼女もまた生まれ変われるのではないかと思い始める。1匹1匹が独立性を保ちつつもルールは守り必要に応じて協力する。心の象徴ともいうべき長い尻尾の表情豊かな動きが、彼らの繊細な喜怒哀楽を再現していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、ぐうたら猫やグルメ猫、モテ猫やはぐれ猫、元劇場のスター猫や鉄道の働き者猫などの個性的なキャラが織りなす映像は、なんか一発芸大会を見ているようなぶつ切り感で、その世界観に最後までなじめない。ステージで見たミュージカルとは違い、1本の映画としてまとめるとその構成力の弱さが目立ってしまった。延々と猫たちとの付き合い方をレクチャーするエンディング曲も説教じみていたし。初演から約40年、素案と楽曲はそのままでも21世紀の「キャッツ」に脱皮してもよかったのではないだろうか。

監督  トム・フーパー
出演  ジェームズ・コーデン/スティーヴン・マックレー /ジェニファー・ハドソン/フランチェスカ・ヘイワード/ジュディ・デンチ/ローリー・デヴィッドソン/イアン・マッケラン/テイラー・スウィフト/イドリス・エルバ
ナンバー  14
オススメ度  ★★*


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https://cats-movie.jp/

うたのはじまり

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開いた外陰部から赤ちゃんが頭部だけを出している。母親は必死に耐え時にいきんでいるが、それ以上はなかなか出てこず、硬直状態が続く。出産という生命の神秘を想起させるイベントに抱いていた神々しいイメージとは裏腹に、あまりにも生々しい光景に思わず息を呑んだ。一瞬「エイリアン」のワンシーンが脳裏をよぎったが、母体の肉体的な負担の重さがリアルに伝わってくる。カメラは、聴覚障害の写真家が音楽を “感じる” ことでオリジナルメロディの子守唄を紡ぐ過程を追う。音は知覚できないけれど、手話や筆談でコミュニケーションは取れるようになった。日常生活の些事もたいていはこなせる。だが、音楽がどういうものなのかは理解できない。一方で、自分なりに解釈しようとする主人公の葛藤は人間の想像力が持つ可能性の大きさを教えてくれる。

生まれつき耳が不自由な齋藤は、小学生時代音楽の授業についていけなかった。ところが息子・樹の誕生を機に、音楽や歌に対する考え方が変わっていく。

己の意思を表すために紙にサインペンで言葉を綴っていく齋藤。テクノロジーに頼らず、一文字ずつ手書きして思いや感情を込めている。写真もポジフィルムを1枚ずつマウントに挟み、前時代的なスライドショーで公開する。音がない世界で生きるには、効率では測れない濃密な対人関係が必要となる。それゆえ齋藤はアナログにこだわっているのか。溺愛する樹の泣き声は聞こえなくても表情で気持ちを読む。話し言葉より早く手話を覚える樹に、健聴者としての人生を歩ませたい。音楽家の訪問を受けた齋藤が、樹の健やかな成長を願い、彼のギター演奏を聞かせるシーンは愛情に満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして齋藤は樹のために子守唄を唄いだす。彼には、自ら口ずさんでいる歌が旋律になっているのかどうかわからないはず。それでも樹への想いは確実に伝達している。樹もいつか齋藤をお父さんと呼び始めるだろう。もはや障害など問題ではない、慈しみ深く育てられた樹がどんな大人になるか楽しみだ。

監督  河合宏樹
出演  齋藤陽道/盛山麻奈美/盛山樹/七尾旅人
ナンバー  299
オススメ度  ★★*


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https://utanohajimari.com/

ハスラーズ

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バーでひとり飲んでいると、ゴージャスな女が話しかけてくる。打ち解けた頃合いを見て姉妹と称する3人が現れ、4人の美女に囲まれた男は有頂天。だが、酒にドラッグを混ぜられ、気づいたときにはカードをスキャンされ数千ドルの支払い票にサインさせられている。物語は、金持ち男をカモにする元ストリッパーたちの暗躍を描く。景気がいいときは花電車でも稼ぎはよかった。ところが不況で客足が途絶えると、彼女たちも干上がる。そこで思いついたのが不景気なのに金回りのいい金融機関の男たちからカネをむしり取る方法。学歴も資格もない女たちが自らの性的魅力をフル活用してブラックカードやプラチナカードを持つ客から騙し取る手段と理論武装は独善的、それでも本当の悪党は誰なのかを考えるヒントをくれる。

ナイトクラブで働き始めたディスティニーはラモーナに気に入られ業界のイロハを教わる。気前いい客に恵まれ楽な仕事で大金を手にするが、リーマンショックで失業状態になる。

高級ブランドの店に乗り込みチップでもらった小額紙幣の束で買い物をするディスティニーたち。店員が胡散臭そうな顔でにらんでも平然とやり過ごすあたり、カネこそが正義というNY流の価値観が凝縮されていた。一度は水商売から身を引いても、キャリアのないシングルマザーが生きていけるのは夜の世界だけ。ラモーナと組んだディスティニーは、今度はカード詐欺を働くようになる。被害者たちは気恥ずかしさと後ろめたさから表ざたにはしない。やがて店ぐるみで犯行を重ねるうちに人手が足りなくなり新たなメンバーを募集する。まじめに暮らしてきた多くの人々が差し押さえを食った一方で、違法行為に手を染めしぶとく生き残ったウォール街の金融マンからかすめ取る手口は痛快ではあるがどこか破綻の予感を孕ませる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ローンを抱えた男を破産させたことからディスティニーとラモーナは対立、彼女たちの活動に暗雲が漂い始める。もう50歳のジェニファー・ロペスの圧倒的な美魔女ぶりに目が点になった。

監督  ローリーン・スカファリア
出演  コンスタンス・ウー/ジェニファー・ロペス/ジュリア・スタイルズ/キキ・パーマー/リリ・ラインハート/リゾ
ナンバー  300
オススメ度  ★★★*


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http://hustlers-movie.jp/

ジョジョ・ラビット

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敬愛する総統閣下のためなら命を捨てても惜しくない。醜い角を隠しているユダヤ人どもを容赦なくぶっ殺せ。物語は、第二次大戦下のドイツ、ナチズムに傾倒する少年が、ユダヤ人少女に恋をしたことから起きる価値観の逆転を描く。自由にものが考えられなかった時代、プロパガンダに騙された無辜の市民は独裁者に対して絶対的な信頼をおいている。少年は過激なまでに独裁者の思想に染まってはいるが、なかなか行動に移す勇気を持てない。訓練合宿で張り切るが気持ちだけが空回りする。けれどやさしいママに見守られているとまた頑張ろうという思いが湧いてくる。戦時下でもおしゃれを忘れずダンスを愛するママを、スカーレット・ヨハンソンが可憐に演じていた。彼女の靴が象徴する楽しみと哀しみが強烈な印象を残す。

空想上の友人・アドルフに励まされて青少年団キャンプに参加したジョジョは大けがを負う。退院後帰宅すると、死んだ姉の部屋の隠し扉の奥でユダヤ人少女・エルサを発見する。

通報しなければならないのに、通報したら匿っていたママも逮捕される。現状維持しか選択肢がないと悟ったジョジョは、ユダヤ人への興味からエルサに接近する。そこで初めて知ったナチスの嘘。ユダヤ人といっても外見で見分けられず、話していると自分と同じ人間であると理解する。それどころかかなり年上のエルサに、ジョジョは憧れさえ抱いてしまう。もはや何が正しいのか何が間違っているのか己の頭では判断できない。それでも、ウサギを殺せなかった理性がジョジョに何をすべきかを示唆する。愛し慈しむ心は怒りや憎しみに勝るのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて連合国の侵攻を受け、町は瓦礫の山と化す。そんななか、青少年団の太った女性秘書は最後まで抵抗を貫く。一方でずっと前からドイツの敗戦を予想していた青少年団司令官は、人間としての良心を失っておらず、彼なりの精いっぱいの善意を示す。子供たちの未来のために少しでも役に立とうとする、このキャラのおかげで非常に後味の良い作品になった。

監督  タイカ・ワイティティ
出演  ローマン・グリフィン・デイビス/トーマシン・マッケンジー/タイカ・ワイティティ/レベル・ウィルソン/スティーブン・マーチャント/サム・ロックウェル/スカーレット・ヨハンソン
ナンバー  12
オススメ度  ★★*


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http://www.foxmovies-jp.com/jojorabbit/

ラストレター

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一文字一文字心を込めて便箋にペンを走らせる。封筒に入れて投かんした後は、相手からの返事が待ち遠しく、配達人のバイクの音が気になって仕方がない。SNSと比べると恐ろしく手間暇がかかる。だからこそそこにしたためられた言葉は相手の胸の奥まで届く。物語は、自死した姉になりすまして高校時代の知人と文通していた女が、様々な人を巻き込んで姉への思いを紡いでいく過程を描く。偽った相手は姉の元恋人で自分の初恋の男だった。歳月は人を変えても感づかれている。やがて姉のひとり娘も文通に加わると、彼女が一番輝いていた高校時代が鮮やかによみがえる。瑞々しい感覚で再現された映像は青春の美しさと残酷さを活写し、かけがえのない時間はいつまでも脳裏に生きていると訴える。

亡姉・美咲の代わりに同窓会に出席した裕里は、乙坂に声をかけられ連絡先を交換するがスマホを壊してしまう。美咲のふりをして乙坂に手紙を送るが、乙坂は美咲と裕里の実家宛に返事を書く。

乙坂からの手紙は美咲の娘・鮎美が開封、彼女もまた乙坂に返信する。筆跡の違いに気づいたのか乙坂は真相を確かめるために仙台に来るが、そこで美咲の死を知る。このあたり、友人にも弔ってもらえなかった美咲がいかに不幸な人生を耐えていたかを暗示する。乙坂にとって美咲は、未練を綴った小説まで上梓するほどの女。裕里と思い出を話すうちに生き返る美咲は未来を約束されたヒロインのように美しく輝いている。“昨日のこと以上に覚えている” 乙坂にとって、美咲の笑顔は永遠の宝物。誰かを好きになるという感情は、時の流れがより純化してくれることを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、乙坂は美咲を死に追いやった男を訪ね、自らの女々しい感傷を指摘される。もはや美咲の空白は埋まらない、それでも高校時代の彼女は忘れられない。恋人として過ごした過去は決して色あせない。人は記憶を美化して真実を乗り越えると乙坂の背中は語っていた。ただ、ライティングが甘く登場人物の表情が見づらいのは残念だった。

監督  岩井俊二
出演  松たか子/広瀬すず/庵野秀明/森七菜/豊川悦司/中山美穂/神木隆之介/福山雅治
ナンバー  11
オススメ度  ★★*


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https://last-letter-movie.jp/

リチャード・ジュエル

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肥大した肉体と緩慢な動作は他人に間抜けな印象を与えている。だが繊細な心配りができる上、誇り高き正義感は本職の警察官にも負けていない。物語は、人々を救った英雄がメディアと権力によってテロリストに仕立て上げられていく過程を描く。受け答えこそ少しトロいが、無類のお人よし。民間警備員にすぎないのに自ら法執行官を名乗り、自分に疑いをかける官憲の機嫌を取ろうとする。もっと怒るべきだろう。もっと悔しがるべきだろう。ところが、感情を露にする弁護士や母とは裏腹に、騙し討ちのような任意聴取やプライバシーを無視した過熱報道にも、事態をキチンと把握しているのかいないかわからない鷹揚な態度を崩さない。そんな主人公は、いつしか艱難辛苦を乗り越えることが己に課された試練と受け取る聖人のごとき雰囲気をまとい、彼の魂は神々しいまでの輝きを放ち始める。

ライブ会場で不審なリュックを発見したリチャードは観客を避難させ被害を最小限にとどめる。しかし、FBIが彼を容疑者とみていると地元紙が報じ、リチャードは一転してメディアの餌食にされる。

確かに過去にはトラブルもあったが、それはリチャードが正義と良識を貫いた結果。銃器も多数所持している。FBIはなんとしても彼から自白を取ろうと欺瞞に満ちた罠を仕掛けてくる。さらに上昇志向の強い女記者の暴走が拍車をかける。手柄のためにはリチャードの人生など歯牙にもかけず、証拠など何もないのにリチャードを追い詰めていく、権力欲・出世欲に憑りつかれた薄汚れた人間の赤裸々な欲望がリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

リチャードは旧知のワトソンに弁護を依頼するが、ワトソンの忠告にもかかわらずリチャードはFBIに協力的。墓穴を掘るような彼の言動をワトソンは怒鳴りつけたりもする。そしてワトソンを交えたFBIの尋問で初めて論理的な言葉を口にするリチャード。憧れていた法執行官からこれほどまでひどい辱めを受けてもじっと耐えている。あまりにも無垢なリチャードを抱きしめたワトソンの気持ちが深く理解できた。

監督  クリント・イーストウッド
出演  ポール・ウォルター・ハウザー/サム・ロックウェル/キャシー・ベイツ/ジョン・ハム/オリビア・ワイルド/ニナ・アリアンダ/イアン・ゴメス
ナンバー  10
オススメ度  ★★★★


↓公式サイト↓
http://wwws.warnerbros.co.jp/richard-jewelljp/