こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

八日目の蝉

otello2011-03-03

八日目の蝉

ポイント ★★★*
監督 成島出
出演 井上真央/永作博美/小池栄子/森口瑤子/田中哲司/市川実和子/平田満/劇団ひとり
ナンバー 48
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


海沿いの小さな公園で芝生に寝転がってくすぐり合う母と幼い娘の映像は、まるでこの世にふたりだけしか存在しないかのごとき完結した世界。慈愛に満ち溢れているのにどこか寂しさを漂わせ、この幸せがうたかたであることを予兆させる美しくも切ないシーンだ。映画は生後すぐに誘拐された女の子と犯人の女が4年間を暮らすうちに、親子同然の絆を築いていく過程を追う。実の両親の元に戻った後は心を開かなくなった娘の、人間関係に臆病になっている姿が痛々しい。


不倫相手の子を中絶した希和子は、本妻が産んだ生まれたばかりの赤ちゃんを奪い薫と名付けて逃げる。女のための駆け込み寺風の施設に匿われ、ふたりはしばらくそこに滞在するが、カルト教団に対する風当たりが強くなると希和子は薫を連れて施設を脱走、小豆島に渡る。


物語は疑似母子の逃亡劇と大学生になった薫=恵理奈の「過去の再発見」が並行して描かれる。恵理奈には希和子の記憶はない、というより無理矢理封印された上“私を不幸にした悪い女”と刷り込まれている。おそらく事件の顛末は成長してから知ったのだろう、両親にへの不信感も消えず、己も含めて人を本気で愛せないまま大人になってしまっている。そんな恵理奈が妻子ある男の赤ちゃんを身ごもるという運命の皮肉。子宮の中の命でさえ冷めた目で見てしまう恵理奈の気持ちが哀れを誘う。


◆以下 結末に触れています◆


恵理奈は千草というフリーライターと共に希和子の逃飛行の足跡をたどる旅に出る。もちろんほとんど覚えていないが、小豆島で懐かしい風景に触れているうちに、徐々に希和子と過ごした日々が色彩を帯びてくる。それは間違いなく、人生でただ一度、確かに愛されていた実感を伴った短かったけれど蜜のような時間。身を置いた製麺所、松明を掲げ歩いたあぜ道、そして最後に写真を撮った写真館。それらが彼女の胸の堅い扉をこじ開け、希和子との思い出を蘇らせるのだ。いちばん憎んでいた人が、いちばん自分を慈しんでくれた人。そう気付いた恵理奈がまだ見ぬお腹の子を好きだと言う場面は、彼女の再生を祝福しているようだった。