こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

哀しき獣 

otello2012-01-13

哀しき獣 黄海

ポイント ★★★★
監督 ナ・ホンジン
出演 ハ・ジョンウ/キム・ユンソク/チョ・ソンハ/イ・チョルミン/カク・ピョンギュ/イム・イェウォン
ナンバー 8
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

偶然なのか罠なのか。包丁、手斧、拳銃、それらの武器を身に浴びた男は血まみれになりながらも走り続ける。カネのため、愛する者を守るため、いや自分自身が生き残るために……。映画はスピード感あふれるカメラワークと短いカットで主人公の息遣いを克明にとらえ、バイオレンスの野に放たれた彼の怒りと戸惑い、驚きと疑心暗鬼といった心の動きをリアルに再現する。さらに、謎が謎を呼ぶ予測不能の展開と凄惨な暴力の連鎖は息つく間もないほどパワフルだ。誰も信じられない男たちの刹那的なエネルギーと女たちのしたたかな計算が圧倒的な感情の激流となって、フィルムノワールを意識した寒色の映像からあふれ出す。

中国に住む朝鮮族のタクシー運転手・グナムは借金返済のために地元ヤクザ・ミョンからソウルの実業家暗殺を請け負う。韓国に密入国後、実業家を張りこみ、殺害を実行しようとしたとき、バス会社社長・テウォン配下の2人組チンピラが実業家を襲撃する。

現場に駆け付けたグナムは実業家の親指を切断して逃げるが、犯人の濡れ衣を着せられたまま警察に追われるうえ、テウォンの組織からも命を狙われる。逃亡中のグナムを支えるのは、凄まじい生存能力とどれほど傷ついてもひるまない強靭な肉体、妻を見つけようとする不屈の精神力。見知らぬ町で孤独にさまよいつつ、ハメたヤツらをみつけだそうとする執念と研ぎ澄まされた直感に支配された姿は、単なるサバイバルの域を超え、殺すことでしか生きられない獣が本能をむき出しにしているようだ。無口で不愛想だが家族思いのグナムが殺人マシーンに変貌していく過程は、痛いまでの切なさと狂おしいまでの哀しみに満ちていた。

◆以下 結末に触れています◆

その後、ミョンとテウォンの間に抗争が起きたりミョンに追跡される中、グナムは事の真相に辿り着く。数え切れない死体の山の先で目にしたのは女たちの姦計と男たちの嫉妬。カネでも権力でも仇打ちでもない、すべては女の浮気に男たちの運命が踊らされていたというオチが最高の皮肉となって、“男の性”をあざ笑っているようだった。

↓公式サイト↓