さよなら、アドルフ LORE
監督 ケイト・ショートランド
出演 ザスキア・ローゼンダール/カイ・マリーナ/ネーレ・トゥレプス/ウルシーナ・ラルディ
ナンバー 263
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
世界を支配していた常識が一夜にして崩れ去る。幼いころから教えられた秩序が知らぬ間に逆転している。信じられない事実、受け入れがたい現実、そしてたどり着いた真実。物語はひとりの少女と4人の弟妹が、敗戦とともに邸宅を追われ、安住の地に避難する旅に密着する。社会の変化に戸惑い、食料も移動手段も情報も乏しく身分さえ失った状態で、敵意と猜疑心に満ちた荒野を進むヒロイン。ところが、幾多の苦難を乗り越える原動力となったのは叩き込まれた思想、手助けをしてくれたのはかつて憎んだ人種という皮肉。映画は、懸命に生き抜こうとする彼女の姿を通じて、価値観の崩壊とそれに打ち勝つ理性を描く。
連合国軍に降伏したドイツ、SS高級将校の父は逮捕され、母は当局に出頭、14歳の長女・ローレは4人弟妹の世話をしながら900キロ先の祖母の家を目指す。金品を食料と交換しながら歩くうち、検問でトマスと名乗るユダヤ人に助けられる。
忠誠を誓ったヒトラーは自殺した。守ってくれる両親も戻ってこない。特権階級だった彼女たちに同情を寄せる者はいない。心細いはずのローレは、しかし、赤ちゃんを含む弟妹のために食料を調達しなければならない。特に、気力喪失した母の胸に赤ちゃんをしゃぶりつかせたり、他の母にもらい乳をするなど、途方に暮れる間もなくローレは気丈に振る舞う。そんな彼女が壁新聞でホロコーストを知り、父が関わっていたと気づいた時、初めて感情をあらわにする。それは国家と大人の裏切りに対する怒りと悲しみ。さらにトマスの不器用な優しさに触れ彼女は混乱していくが、長女としての責任感だけは持ち続けるあたり、生真面目なドイツ人の矜持を感じさせる。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
やがて、ハンブルグの祖母の屋敷に到着するが、そこは敗戦の荒廃から距離を置いた別天地のよう。祖母はいまだにナチを信奉しローレに服従と規律を強いる。だが、もはやローレは自分が何者かを理解している。誤った過去の否定から未来は始まることを、彼女の力強い視線が象徴していた。
オススメ度 ★★★