こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

おらおらでひとりいぐも

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一日で言葉を交わすのは、かかりつけ医と図書館の返却係。まともに会話をしてくれるのは自動車セールスマンと親切な巡査だけ。物語は、一軒家住まいの老婆の孤独を描く。子供たちは独立した。夫には先立たれた。それでも毎朝6時半過ぎに起き、目玉焼きとトーストを食べる。病院と図書館通いが一通り済むと、あとはリビングで夜まで過ごす。あり余る時間、単調な日常。まだ介護は必要ではないが腰の痛みは増していく。脳裏に浮かぶのは未来が輝いて見えていたころの思い出。少しずつ世間とのつながりが切れていく。そして最期はひとり。人生はこうして仕舞にしていくのだとこの作品は訴える。目が覚めて、「寝てろって」という誘惑を振り切って布団から出るヒロインは、独居老人の予定がない日々を象徴していた。

認知機能の衰えを自覚する桃子は、目の前に現れた3人の若者と東北弁で話し始める。彼らは桃子の寂しさが作り出した幻覚、一息つくたびに楽しかった過去が再現されていく。

親の決めた縁談から逃げて故郷を後にしたのは50年以上も前。戦後の民主主義教育を受けて “新しい時代の自由で自立した女” を目指していたのに現実は厳しかった。住み込みで働くうちに恋もした。いい夫と出会い子宝にも恵まれた。振り返ってみるとそれほど悪いことはなかった。確かに理想通りには生きられなかったけれど、その代わりに小さな幸せは手にした。遠い記憶は懐かしい。なのに消えない胸のモヤモヤ感。夫の死に一点の喜びがあったとつぶやく桃子の複雑な感情に、夫婦にしかわからない心の機微が凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

冬が過ぎ春になり、桃子の周辺は何事もなかったかのように季節が移ろう。相変わらず天井裏から鼠の足音が聞こえている。地球46億年の歴史と比べれば人間の一生など取るに足らない。でも、原始の海で生まれた塩基構造が命となり、連綿と受け継がれてきたからこそ現在がある。自分しか自分の存在を肯定してくれる者がいない桃子の背中を、そっと抱きしめてやりたくなった。

監督  沖田修一
出演  田中裕子/蒼井優/東出昌大/濱田岳/青木崇高/宮藤官九郎
ナンバー  192
オススメ度  ★★★*


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