丁寧に声をかけたのに。マナーについて話がしたかっただけなのに。返ってきたのは侮辱の態度。忍耐の限界を超えた男は、たまりにたまった憤怒に点火し、失礼な女を執拗に追い始める。物語は、信号待ちでの些細なやり取りが原因で起きた死のあおり運転を描く。渋滞にはまったドライバーはみなイライラしている。少しでも車間が開くと割り込んでくるクルマにも腹が立つ。とにかく我先に前に進みたい。思いやりや寛容の精神を亡くした人々は、不満のはけ口を常に求めている。ほんとうは善良な人間だったのだろう。競争に負けて自信を失ったのだろう。そしてわずかに残った人間としての尊厳も踏みにじられたと感じたのだろう。男の怒りの矛先が勝ち組のエリートではなく、同じ階層の女に向かうあたりが、米国の格差問題の根深さを象徴していた。
青信号で発進しないピックアップトラックにしびれを切らしたレイチェルは、威嚇的なクラクションを鳴らす。次の信号で横に並んだトラックの男はもう少し礼儀正しくしろと彼女をたしなめる。
男を無視した上に逆切れしたレイチェルはそのまま走り去り給油所に寄るが、いつの間にか男に追いつかれスマホを奪われている。主導権を握った男はあおり運転だけではなく、本格的にレイチェルの日常そのものを破壊しにかかる。このあたり、スマホにきちんとロックをかけていないと、他人の手に渡った時に無関係な人まで巻き込む危険を示唆する。男の暴走は止まらず、レイチェルを始末するために家族でもない人が巻き添えになる。いまや男の憎悪の対象は社会のすべて、警官ですら止められない。レイチェルは自分が決着をつけなければと、男を迎え撃つ決意をする。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
映像は、ステアリングを握る人間の心理だけでなく、小さな不幸が積み重なった人々の行動がディテール豊かに再現されている。もしレイチェルが上等のスーツを着て高級車に乗るような人種だったら、見下された男に共感していたかもしれない。車載カメラと警報発信機は必須装備だと改めて思った。
監督 デリック・ボルテ
出演 ラッセル・クロウ/カレン・ピストリアス/ガブリエル・ベイトマン/ジミ・シンプソン/オースティン・P・マッケンジー
ナンバー 96
オススメ度 ★★★