透き通るような白い肌、緩やかにウェーブのかかった明るい茶髪、憂いを含んだ灰色の瞳、そしてはにかむような笑顔は、天使と悪魔が同居するような妖しさで人々を魅了する。映画は、一躍世界的なアイドルになった少年の心境を振り返る。今はすっかり老い、手入れされない白髪が背中まで垂れ、伸び放題のひげが顔面を覆う。認知機能も衰えてきているのか、アパートの大家から立ち退きを迫られたりもする。50年前、突然出現した嵐のような日々を振り返る彼の瞳からは懐かしさも後悔も浮かんでこない。客観的に己の過去を見ているかのような境地に達するまでにどれほどの時間がかかったのだろうか。15歳にして人生の絶頂を味わい、その後はほとんどキャリアを積み上げることなく忘れられてしまった男は、多くを語らない。
ルキノ・ビスコンティの新作「ベニスの死す」のオーディションを受けたビョルンは一目で気に入られ、出演が決まる。言葉の通じないベネチアでロケ中は常に好奇の目にさらされていた。
スタッフのほとんどがゲイという環境、ビスコンティは彼らにビョルンを見ることさえ禁じたという。当然、ビスコンティ自身がビョルンをわがものにしようとしていたはず。そのあたりの関係には深く触れられていないが、公の場でのビスコンティの溺愛ぶりはきちんと記録に残っている。カンヌ映画祭でのビスコンティの発言は、もうビョルンに飽きたかのような言い回しだ。映画の大ヒットの影響は特に日本で顕著、来日時には日本語の歌まで歌っている。いつしか、笑顔を振りまくビョルンは表情から生気がなくなっている。その、消費され消耗していく姿は、残酷物語にしか見えなかった。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
「ミッドサマー」の老人役で久しぶりに映画に出演したビョルン。その後、再来日した姿も映像に収められているが、この老人があの美少年と気づく日本人はいない。歳月は残酷だ。それ以上に移ろいやすい人の心の犠牲になったともいえる。だが、ほんの一瞬でも輝く瞬間があったことを彼は誇りに思うべきだろう。
監督 クリスティーナ・リンドストロム/クリスティアン・ペトリ
出演 ビョルン・アンドレセン/池田理代子/酒井政利
ナンバー 233
オススメ度 ★★★