こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

酔画仙

otello2005-01-04

酔画仙


ポイント ★★★★*
DATE 04/12/25
THEATER 岩波ホール
監督 イム・グォンテク
ナンバー 153
出演 チェ・ミンシク/アン・ソンギ/ソン・イェジン/
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


酒を愛し女を好み形式を嫌い権威を憎む。いったん絵筆を握ればその筆致は精緻を極め、完成した作品は神が宿るがごとく美を湛える。19世紀後半、日清の狭間で揺れる朝鮮に生きた天才画家の自由奔放な生き様を、チェ・ミンシクが強烈な個性で演じきる。カネや地位よりも常に新しい自分を表現することに命を懸けたアーティストの伝説を、カメラは見事なまでの美しい四季の移ろいと田園風景を交えてフィルムに収め、心に残す。


卑しい身分出身のスンオプは高名な学者・キムに絵の才能を認められ、修行を奨められる。瞬く間に頭角を現したスンオプの絵は評判になり、その名声を聞いた貴族からは注文が引きもきらない。しかしスンオプは稼いだカネをすべて酒に使うような男。やがて同棲していたメヒャンという妓生にも三行半を叩きつけられる。それでも生活を改めようとしないスンオプにキムはアーティストとしての生きる道を諭し、スンオプは自らの目指す芸術を探す旅に出る。


芸術は一部特権階級だけのものではない。スンオプが木の下で休む男の絵を描いたとき、彼の師匠は陶淵明の「帰去来之辞」をモチーフにした絵を見せて「苦悩する知識人の心がよく描かれているが、お前の絵にはない」という。彼が描きなおした絵には木の下で男女が絡んでいてそれを子供が覗き見している。日常の一風景、そこには理論や理屈を超越した人間の真実が潜んでいることを一瞬で見分けて絵筆に託す才能。無防備な天才が理論武装した先達を打ち負かすこのシーンに、スンオプのすべてが凝縮されている。程なくしてスンオプは師匠を追い越して出藍の誉となる。


やがて彼は宮廷画家にまで上り詰めるが、そんな名誉より描きたいものを求めて放浪する。年老い食うに困るまでに落ちぶれたスンオプは陶磁器の上絵を描く職人になり、そこでまた新たに表現の世界に出会う。人、花、木、鳥。どんな境遇においても絵筆一本で自分の芸術に無限の可能性を見出し、時に幼稚とも思える芸術家特有の自分勝手さを隠さずに、心の命じるままに生きた男の人生を見事に描ききった今年最高の傑作だ。


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