こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

木洩れ日の家で

otello2011-02-03

木洩れ日の家で

ポイント ★★★
監督 ドロタ・ケンジェジャフスカ
出演 ダヌタ・シャフラルスカ
ナンバー 23
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


もはや残されたのは住み慣れた古い家のみ。言葉を交わす人々は無礼で気に食わず、代わりに一匹の犬が話を聞いてくれる。年老いたヒロインを慰めてくれるのは美しい記憶の数々。はつらつとバレエを踊る少女のころ、ワルツに胸をときめかせた夜、可愛らしかった少年時代の息子。だが、愛した人たちも時間とともに去り、残酷にも彼女を置き去りにしていく。映画は、一軒家の独居老女の日々を通じて、人生のよりよい終わり方を問う。死ぬ時は1人とわかっている、それでも誰かに働きかければ少しは孤独を紛らわせることができるのだ。


90歳を超えたアニェラは、愛犬のフィラと朝食を取った後は双眼鏡で隣人たちの観察をするのが日課。怪しげな男女が出入りする家もあれば、若いカップルが子供たちに音楽を教えている家もある。時々子供たちがフェンスの破れ目からアニェラの庭に勝手に入ってきたりもする。


胸に詰まった不満をフィラに延々と聞かせ、かかってくる電話やドアをたたく人間はみな家が目当て。だれにも必要とされず、ただ退屈な一日を過ごし、今日もまだ生きながらえたと感謝するわけでもないという老人の生活が非常にリアルだ。彼女には思い出がしみついた部屋や家具こそが財産で、それらの品物を失うのは彼女にとって過去を否定されること。若い者にはガラクタでも本人には大切な宝物なのだ。そんなアニェラの切ない気持が随所に盛り込まれ、老いの悲しみと共に、それが理解されない苛立ち、そしてそういうものとあきらめる感情が複雑に絡み合う。カメラは死を間近にした者だけが到達できる境地をディテールまで掬い取る。


◆以下 結末に触れています◆


家の周りは森に囲まれ絶えず小鳥のさえずりが聞こえてくる。いきなり訪ねてくる子供たちは自分の現在にも未来にも一切の不安を抱いていない。家の周囲には瑞々しい命の息吹に溢れているのに、家の中のアニェラには老いの臭いが付きまとう。「生」と「老」のコントラストが抑制のきいたモノクロの映像に鮮やかに再現されていた。