大鹿村騒動記
ポイント ★★★
監督 阪本順治
出演 原田芳雄/大楠道代/岸部一徳/松たか子/佐藤浩市/冨浦智嗣/瑛太/石橋蓮司
ナンバー 173
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
山奥の小さな村、300年続く村歌舞伎の主役を今年も演じようとする男の元に、駆け落ちした妻が記憶障害を患って戻ってくる。一緒に駆け落ちした男に連れられて。この導入部のみで、辛い日常を送らざるを得なかった主人公の人物像が浮き彫りにされる設定が小気味よい。妻は憎い、奪った男にも腹が立つ。だが、惚れた女に幼なじみとあっては冷たく突き放すのも気が引ける。結局、悪態をつきつつも行き場のないふたりを許す優しさが、“顔役”というほどでもないがさまざまなトラブルを引き受けてしまう、村における彼の立場を饒舌に説明している。
長野県山間部の大鹿村で鹿肉食堂を営む善は歌舞伎の稽古に余念がない。そこに18年前に駆け落ちした妻の貴子と幼なじみの治が帰ってきて、治は貴子を返すといって置いていく。情緒不安定で万引きしたことも覚えていない貴子だが、かつて演じた歌舞伎のセリフを口にする。
村人たちがそれぞれの思いを胸に抱えながら恒例の村歌舞伎の準備に余念がない中、リニア新駅の誘致に始まり、役場OLの遠恋、性同一性障害の若者の苦悩などのトピックを盛り込む。そんな中、冴えない風貌でパッとしない運命に愚痴を垂れながらも、一度舞台に上がると別人のごとき立派な見栄を切る善。その、ハッとする落差を原田芳雄が苦み走った顔で演じて見せ、酸いも甘いも噛み分けた男の奥行きを見事に表現していた。
◆以下 結末に触れています◆
台風が村を襲った日、貴子が急に姿を消す。村を挙げて探し、バイトの青年が彼女を見つけるが、駆けつけた善の前で貴子は歌舞伎の相手役のセリフを披露する。もちろん認知障害が改善されたわけではないが、そのときだけはかつての貴子に戻ったような気がする善。夫婦にしかわからない感情の機微、記憶の底で消えていなかった愛した思い出、そうした感傷がふと蘇る瞬間の善と貴子の表情に、そこはかとない人生の味わい深さがにじみ出る。それらのシーンに過剰な演出を持ちこまず、さらりと流すように描くことで深い余韻を残す作品だった。