こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

灼熱の魂

otello2011-09-24

灼熱の魂 Incendies


ポイント ★★★★*
監督 ドゥニ・ビルヌーブ
出演 ルブナ・アザバル/メリッサ・デゾルモー=プーラン/マキシム・ゴーデット
ナンバー 226
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


憎悪と憤怒に湛えた視線とかかとの刻印は少年の呪われた運命を暗示する。それはすでに悲惨な経験をし、更なる苦難が待ち受けている、決して安寧が訪れない彼の未来への予感。映画は、母の遺言を受け取った双子の姉弟が、秘められた母の壮絶な過去を紐解いていく過程で、中東における宗教対立をリアルに描いていく。そして、テロと報復、破壊と殺戮、果てしなく続く暴力の連鎖を止めようとしたヒロインの凄惨な体験を通じて、理性と感情は恩讐を乗り越えられるかを問うていく。母の歴史を手探りで掘り起こす作業は子供たちのルーツ探しでもある。その結果がどんなつらい現実でも、真実の持つ力は人間を自由にし強くするのだ。


ジャンヌとシモンの双子姉弟は、母・ナワルの遺言の執行にあたり、存在を明かされていなかった父と兄に宛てた二通の手紙をそれぞれに届ける羽目になる。ジャンヌは中東にあるナワルの故国を尋ね歩くうちに、ナワルが好ましからざる人物であったと知らされる。


父の手掛かりを求めさまよう旅はナワルの足跡をなぞる旅にかわっていく。キリスト教徒のナワルは異教徒の子を産み、村を追いだされるが、彼女は宗教的情熱よりも平和を願っている。一方でモスリムへの不満を煽り武装勢力を操る政治的指導者に対し、ナワルは自らの正義を実現するために銃弾に頼ってしまうが、結局新たな悲劇を生み出しただけ。ナワルの物語は1970年代の中東が舞台だが、21世紀でも世界のどこかで同じ理由によって紛争が繰り返されていることを思い出させる。その間の筆致はミステリー仕立ての上、現在と過去が交錯する秘密の薄皮を一枚ずつはがす工程が非常に丁寧で、思わず息をのむほどの緊張感に覆われている。


◆以下 結末に触れています◆


やがて姉弟は、ナワルが服役中、拷問人にレイプされ妊娠・出産した事実を聞き出す。その上で姉弟は、この作品の観客も含めて最も聞かされたくなかった顛末にたどり着く。それは人のなせるもっとも穢らわしく忌むべき行為。だが、ナワルは双子に遺言を託して復讐を終えるとともに、大いなる寛容をもって自分を辱めた男を赦し愛するのだ。本来、キリスト教徒とモスレムの融和の象徴となるはずだった生き別れた最初の息子は、苦痛に満ちたナワルの人生を引き受けることで贖罪を果たそうとする、その圧倒的な重みをもつ墓参シーンに胸が押しつぶされる思いだった。。。