こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

サイの季節

otello2015-07-18

サイの季節 FASLE KARGADAN

監督 バフマン・ゴバディ
出演 ベルーズ・ヴォスーギ/モニカ・ベルッチ/ユルマズ・エルドガン/カネル・シンドルク/ベレン・サート/アーラシュ・ラバフ
ナンバー 167
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

監獄、荒野、曇天、さびれた街。永遠とも思える時間を刑務所で過ごした男の脳裏に焼き付いた光景と目に写る世界はほとんど色彩を失い、重要な記憶の片鱗に触れた時に強烈なコントラストをなす。そこには絶望に耐えながらも、生き続けるのが戦いだった主人公の思いが凝縮されている。それは期待や不安を消し、何事にも動じない心。物語は投獄されていた詩人が、生き別れた妻を探す旅を追う。夫が死んだと聞かされている妻は故国を離れ異国に転居した。今更現れても混乱させるだけと考えつつも、無事を確かめ幸せなのか訊いてみたい。逡巡と葛藤の中で彼は少しずつ愛と復讐の炎を燃え上がらせていく。どんな言葉よりも饒舌に感情を伝える長い沈黙、未来や希望などの甘ったるい感傷を一切排した苛烈な映像には最後まで圧倒された。

イラン当局から反革命的と有罪判決を受けて30年、刑期を終えたサヘルは、妻・ミナの消息を追う。サヘルは、ミナがトルコに移住した上、自分を陥れたアクバルの近くにいると知らされる。

革命前、まだ若かったアクバルはミナに横恋慕するが、相手にされなかったことでサヘルとミナを憎んだ。アクバルのミナへの思慕はその後も冷めず、服役中も出所後もミナにまとわりつく。アクバルのせいで人生を棒に振ったサヘル、だがその原因が、表現の自由や差別と貧困の解消を求めた反政府・反イスラム運動ではなく、アクバルの純粋な恋愛感情だったあたりが人間の業の深さを感じさせる。価値観が逆転したとき最初に報復を受けるのは、「あいつは許さない」というパーソナルな恨みなのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

獄中で男女の双子を出産したミナは今も彼らと暮らしている。そして娘の肉体に刻まれたサヘルへの気持ち。ここでも映画は感動の再会とか運命の皮肉とか恩讐の彼方の寛容といった手垢のついたオチには導いてくれない。苛立ちすら覚えるほどのサヘルの無言と無表情は、権力に対する個人の無力感を象徴していた。

オススメ度 ★★*

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