こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

スパイの妻 劇場版

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あれほどやさしかった夫が隠し事をするようになった。身の回りを不審な人物がうろつきまわり、不可解な事件が起きる。憲兵が思わせぶりな忠告をする。夫の心の中で何かが変わろうとしている。物語は、国家機密を知った男の妻が覚悟を決めて権力に立ち向かう姿を描く。裕福な暮らしをさせてくれた夫は広い世界に目を向けているが、世間は軍国主義に傾き自由にものを考えることを許さない。そんな時代に「僕はコスモポリタン」と万国共通の “正義” を奉じる夫は、体制側からすれば売国奴。それでも妻は彼と運命を共にする。妻の深慮,夫の遠謀。二転三転する展開は予想を裏切り続け、抑制を利かせつつも緊張をはらんだ演出は、派手なアクションがなくても手に汗握る。街の空気まで濃密に再現したセットや小道具がリアルだ。

関東軍による人体実験の証拠資料を満州から持ち帰った優作は、その蛮行を国際社会に告発しようと計画する。だが協力者が次々と逮捕・死亡し、妻の聡子の周囲にも憲兵隊がうろつき始める。

優作の身を案じるあまり聡子はじっとしていられない。優作は聡子を巻き込まないように気遣っている。ところが、聡子の軽率な行為が優作を窮地に追い込んでいく。しかしそれは計算づく。夫に従うのが当たり前だった当時、決然としたまなじりの聡子の態度は、自分の命より大義に殉じる決意を固めた女の強さを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

米国への亡命を図る優作は聡子を密航させ、別々に目的地に向かうと言う。ひとりで貨物船船倉の木箱に閉じ込められる聡子。売国奴の妻だと承知はしている。それでも優作という支えがあるがゆえに毅然としていられる。背筋をピンと伸ばした聡子の誇り高さが、迎合した人々から見ると狂っているように見える皮肉。聡子の動きを予測して二手先まで見通していた優作が小型ボートの上でみせる表情は、聡子をおとりにした心の痛みよりも、己の信じる正義を行使できる満足感に満ちていた。妻の愛すら利用する優作もまた戦争がもたらす狂気の犠牲者なのだ。

監督  黒沢清
出演  蒼井優/高橋一生/坂東龍汰/恒松祐里/みのすけ/東出昌大/笹野高史
ナンバー  176
オススメ度  ★★★*


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