こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

アネット

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“お前らを笑わせてやる” と客を挑発し、不遜な態度を取ってもなお称賛の拍手を得るステージ上のコメディアンはむしろ不機嫌ですらある。天使のソプラノを持つ歌手は聴くものすべての感情を揺さぶる強烈な磁力の声を持つ。物語は、人気絶頂のふたりが恋に落ち結婚、その後不幸に転落する運命を描く。常に既成の価値観に挑むような男の攻撃的な歌は怒りと憎しみを象徴し、死を意識させるほど美しい彼女の歌は愛と平和が犠牲の上に成り立っていると訴える。あらゆるセリフが歌で表現された映像は長めのショットの連続で息つく間もない緊張感を醸し出し、夫婦間のわずかなほころびが大きな悲劇につながっていく過程の彼らの心情がエモーショナルに再現されていた。妻の成功に嫉妬する男の苦悩がリアルだった。

ピン芸人のヘンリーはオペラ歌手のアンと交際、芸能ニュースをにぎわせた後に結ばれ、女児・アネットをもうける。ところがヘンリーは女たちから暴行されたと告発されスランプに陥る。

女が “被害者” と名乗り出たとき、彼女たちの言い分だけが検証もされずに垂れ流され、“加害者” になすすべはない。以後、ヘンリーのジョークはウケなくなり心機一転ラスベガスに進出するが、自虐的なネタはかえってスベりまくる。一方のアンは出産後も着実にキャリアを伸ばし絶頂期にある。ふたりともアネットには変わらぬ愛を注いでいるが、溝は開くばかり。その悪循環の中でヘンリーの心はますます荒れていく。こんな時、妻のやさしさが夫にとって一番つらい。ヘンリーを思いやるアンの言葉が彼の心を深くえぐるシーンが、格差夫婦の現実を教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

まだ赤ちゃんのアネットがきれいな声を出すと知ったヘンリーは、指揮者と組んで一儲けを企む。アネットは奇跡の赤ちゃんとして話題になり、報道を通じてたちまち時代の寵児となる。芸能人は常にマスコミに見張られ、一般人からモラルを問われている。自由を奪われたヘンリーは、行き過ぎた相互監視社会の犠牲者のようにも見えた。

監督     レオス・カラックス
出演     アダム・ドライバー/マリオン・コティヤール/サイモン・ヘルバーク/デビン・マクドウェル/ラッセル・メイル/ロン・メイル
ナンバー     63
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://annette-film.com/