“殺したんじゃない、救ったんだ”。殺人容疑の男に対し大上段から正論をぶつ女検事に対し、彼は顔色一つ変えずに返す。安全地帯からきれいごとを並べるだけの検事に、肉親をその手で殺めざるを得なかった男が語った現実は終わりの見えない地獄。物語は、40人以上の要介護老人を殺害した青年と、彼を取り調べる検事の葛藤を描く。徘徊し、粗相し、用意した食卓をぶちまける。面倒を見なければならない肉親はそのたびに後始末に追われ、心は消耗しきっている。早く死んでほしいと願う気持ちに無理矢理蓋をして、なんとかその日をしのいでいる。自分たちの生活だけでも苦しいのに、老親の世話まではとても手が回らない。そんな、壊れそうな介護者たちがギリギリのところで踏みとどまっている姿がリアルに再現されていた。
独居老人と泥棒が死体となって発見される。検事の大友は防犯カメラの映像からケアセンター職員・斯波の事情聴取をすると、斯波は犯行を認めるが、その動機は大友の予想をはるかに超えていた。
勤務態度はきわめて真面目で訪問家庭とも良好な関係を築いている斯波は、非常に評判のいい理想的な介護士。自身の経験から介護する人々と介護される老人の気持ちを誰よりも知っている。だからこそ貧困に直結する現代日本の社会システム異を唱え、その信念は大友の厳しい取り調べにも微動だにしない。刑務所に入りたくて微罪を重ねる老女のエピソードが前半に挿入されるが、カネもなく身寄りも友人もいない老人にとっては刑務所の方が人間らしく暮らせるというのはある意味真実なのだ。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
捜査結果をもとに大友はさらに斯波を尋問する。だが、斯波の話を聞くほど大友が頼ってきた法システムの薄っぺらさが露呈される。斯波を責めるのは大友にとって自分自身に刃を向ける行為なのだ。身体に重篤な障害のある、もしくは認知機能の衰え始めた高齢者を、本人の意思に反して生かし続けるのは重大な人権侵害。そういう価値観が当たり前の時代が早く来ることを改めて願いたくなる作品だった。
監督 前田哲
出演 松山ケンイチ/長澤まさみ/鈴鹿央士/坂井真紀/戸田菜穂/峯村リエ/加藤菜津/綾戸智/藤田弓子/柄本明
ナンバー 53
オススメ度 ★★★*
↓公式サイト↓
https://lost-care.com/