こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

市子

自分は幸せになれない。幸せになってはいけない。そう思い込んでいる女は恋人の前から姿を消すが、どこまで逃げても忌まわしい過去は追いかけてくる。たとえそれが彼女の意図でなかったとしても。物語は、プロポーズされた直後に失踪した女を捜す男が、彼女の真実を知っていく過程を描く。身の上話はほとんどしたことはない。親きょうだいについても絶対に口にしなかった。名乗っていた名前は別人のものだった。彼女を覚えている同級生や元同僚に問いただすと、まったく違った顔が浮かんでくる。彼女はいったい何者だったのか。何をしでかしたのか。ひとつ秘密を解くたびにまた新たな謎が現れる。幾重にも隠蔽された事実を紐解いていく展開は上質なミステリーに昇華されていた。透き通った哀しい瞳で遠くを見つめるヒロインの孤独と苦悩が切なかった。

市子の足跡を追う長谷川のもとに刑事が訪れ、発見された白骨遺体との関係をほのめかす。長谷川は小学校時代の市子の知人に話を聞くが、市子は母親から月子と呼ばれていたという。

少女時代の市子の家庭には父親はおらず、母が水商売の傍ら団地の狭い部屋に頻繁に男を連れ込み、放課後の居場所がない市子は友達のつくり方も知らない。高校に上がると彼氏ができたりもするが、相変わらず母の男癖は治らず、市子は奇妙な鬱屈を抱えていて、内気なクラスメートにコクられてもその気持ちを受け止められない。結局、本心を打ち明けられる人は周囲にはおらず、なるべく他人とは距離を置く習性がついている。そんな市子はケーキを食べる時だけ笑顔を見せる。弱くてもろい存在だが、まだ生きることをあきらめていない市子が狡猾な表情を見せる場面は、女の情念が凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

複雑な十字架を背負って生きている市子の運命は両親の不作為と民法の不備が生み出した悲劇。家族ガチャで外れただけなのに日本人としての当然の権利が受けられない市子の希望なき戦いは報われるのだろうか。貧困から抜け出すには、まず「知る」ことから始めるべきなのだ。

監督     戸田彬弘
出演     杉咲花/若葉竜也/森永悠希/倉悠貴/中田青渚/渡辺大知/宇野祥平/中村ゆり
ナンバー     224
オススメ度     ★★★★


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