こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

透明人間

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うなじのあたりを見つめられている。じっと息を殺してたたずんでいる。そして、あえて存在を気づかせるように気配を漂わせる。見えないけれどヤツは確かにそこにいる。でも誰も信じてくれない。物語は、束縛の強い夫がいやで家から逃走した女が、透明人間に付きまとわれる過程を描く。夫は死んだと知らされた。ところが遺産の受け取りに合意すると悪意に満ちた空気がまとわりつく。それは、少しずつ物理的な暴力となってヒロインの身に降りかかり、周囲の人々も不幸に巻き込んでいく。逃げてばかりでは追い詰められる、やがて彼女は闘うことを決意する。余白をふんだんに使いたっぷりと時間をかけたショットの連続は何もいないはずの空間に透明人間の息遣いを感じさせる、そんな計算された演出とカメラワークがシャープな映像に昇華され、B級ホラー映画とは一線を画す洗練を見せてくれる。

天才的光学研究者の夫が自殺、妻のセシリアは夫の兄で弁護士のトムから相続の条件を提示される。その日から彼女が隠れ家にしていたジェームスの家で不審な出来事が起こり始める。

夫の死は偽装で、透明人間が自分の周りをうろついていると気づいたセシリア。妹や恩人の娘が傷つけられても止められず、逆に彼女の仕業と疑われてしまう。無実を訴え夫の生存を主張してもかえって頭がおかしくなった女として扱われる。誰にも助けてもらえず、信じていた人からも猜疑の目を向けられ孤独に落ちていくセシリア。悪あがきすればするほど立場が悪くなるセシリアの苦悩と焦りがリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

夫が発明した特殊なボディスーツを発見したセシリアは一計を案じ反撃のチャンスを待つ。予期せぬ攻撃を受けた透明人間はボディスーツに不具合が起き、姿をまだらにさらす。体の一部分が黒く浮き上がったりまた透けていったりするシーンは、こんなスーツがもしかしたら実用化するのではと思わせてくれる。ただ、オチの先にさらにもうひとひねり加えた二重のどんでん返しはやや詰めが甘く、無理繰り感が否めない。

監督  リー・ワネル
出演  エリザベス・モス/イドリス・ホッジ/ストーム・レイド/ハリエット・ダイア-/マイケル・ドーマン/オリヴァー・ジャクソン=コーエン
ナンバー  106
オススメ度  ★★*


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チア・アップ!

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大都会でのひとり暮らしはそれなりに満足していた。あとは孤独とつきあいながら余生を静かに過ごそう……。物語は米国南部の老人施設に引っ越してきた老女が、もう一度希望を取り戻していく姿を描く。少女の頃に憧れたチアリーダー、そんな夢はとっくに忘れたはずなのにユニフォームは捨てずに残してある。50年以上ずっと封印していた願いは、世間のしがらみから離れた今だからこそ実現できる。仲間を集め共に汗を流しお互いの問題をチームワークで乗り切ることで、同じ目標に向かって邁進する。気持ちさえ老いていなければいくつになっても青春できるのだ。そっとしておいてほしくても周囲がやたら干渉してくる土地柄、他人との程よい距離感で過ごしてきたヒロインが受けるカルチャーショックは “サザンホスピタリティ” を象徴していた。

安らかな最期を迎えるためにジョージア州の老人コミュニティに移ったマーサは、隣人のシェリルと親しくなる。シェリルの助言で、マーサはチアダンスのクラブを立ち上げる。

末期がんに侵されていて残された時間は少ない。売れる物はすべて売り払い、思い出深いモノだけを持ってきた。ところが、いつ逝っても悔いはないと思っていたのに、ふつふつと湧いてくる若き日の熱い思い。幸いまだ体調は悪くない。関節の痛みもない。ならばあきらめる前にチャレンジしよう。あまり愛想もよくなく気難し気だったマーサが、南部人の人柄に触れて変わっていく。その過程は、人はやはりひとりでは生きていけない、たとえ死を間近にした老人でも他人と苦楽を分かち合ってこそ人生は充実すると教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

オーディションに集まったメンバーで振り付けの練習が始まる。一応、みなダンスやヨガで健康は維持しているが、激しいアクションやキレキレの動きはできない。それでも、高校生チアリーダーの指導を仰ぎ少しずつダンスは洗練されていく。ただ、3週間の準備期間でレベルの高い大会に出場するというのは話が飛躍しすぎ。もっと手順を踏んでほしかった。

監督  ザラ・ヘイズ
出演  ダイアン・キートン/ジャッキー・ウィーヴァー/ セリア・ウェストン/リー・パールマン/パム・グリア/アリーシャ・ボー/チャーリー・ターハン
ナンバー  105
オススメ度  ★★*


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カセットテープ・ダイアリーズ

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夢なんか持つんじゃない。希望が芽生えても空しいだけ。将来は父が決め、彼には従わなければならないのだから。物語は、英国で暮らすモスリム少年が、青春の挫折と魂の自由を訴えた曲に心を揺さぶられ、己の中の真実を見つけ出していく過程を描く。家族に対して絶対的な権限をふるう父は、妻の内職代も息子のバイト代も取り上げる暴君。家長として一家を守る責任を負うとともにあらゆる決定権を握っている。だが、民主国家で育った少年は、そんな父が疎ましくて仕方がない。その上、宗教的・伝統的習慣を堅持しようとし、少年の気持ちも西欧の文化も理解しようとしない。そして町にはびこるヘイトスピーチと失業者の群れ。この作品の舞台となった1980年代後半も21世紀の現代も、差別と格差という社会問題は変わっていないのが哀しかった。

パキスタン移民2世のジャベドは進学した高校で知り合った友人からブルース・スプリングスティーンのミュージックテープを借りる。歌詞に共感したジャベドは、その日から彼の音楽を聴き続ける。

米国の労働者階級が厳しい現実の中でもがきながら必死で生きる姿を描写した歌は、ジャベドの人生の指標となる。書き溜めた詩や日記、さらに文章に磨きをかけるために作文コースにも積極的に参加、先生からも評価されるようになる。ブルースのおかげで借り物ではない自分の言葉で表現する楽しさを学んだジャベドは文筆で身を立てる決意をするが、実業第一の父は許してくれない。そのあたり、頑固な父との対立はそれこそ大昔の日本映画のようだが、イスラム圏ではいまだに当たり前なのだろう。信仰や政治体制が個人に勝る世界は、やっぱり息苦しい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

映画は、時にミュージカル調になったり右翼活動家の暴力にさらされたりと多面性を保ちつつジャベドの自立を見守っていく。その支えとなるスプリングスティーンのナンバーは、時代を越えて強烈なインパクトを残す。その後も、さまざまな困難が立ちはだかるがなんとか克服する予想通りの展開も心地よかった。

監督  グリンダ・チャーダ
出演  ヴィヴェイク・カルラ/クルヴィンダー・ギール/ミーラ・ガナトラ/ネル・ウィリアムズ/ディーン=チャールズ・チャップマン/ヘイリー・アトウェル
ナンバー  104
オススメ度  ★★★*


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http://cassette-diary.jp/

MOTHER マザー

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すりむいて血だらけになった膝小僧を舐めてくれた。ひとりぼっちの放課後、プールへ連れて行ってくれた。お父さんは逃げ出してしまった。この世界ではお母さんだけが頼り。物語は恐ろしく怠惰で自己チューな女に育てられた少年の心の変遷を描く。身持ちが悪く男をアパートに連れ込む。カネ遣いが荒く生活保護はすぐに使い切り身内に借金を重ねている。育児放棄して何日も家を空ける。両親や妹から絶縁されても悪びれない。ひたすら目先の快楽を求め自堕落を繰り返すバカ母の死んだ魚のような目は、世間に対する強い恨みを象徴していた。不快なエピソードの連続はやがてため息を息苦しさに変え、少年の運命を追うのが耐えられないほどつらくなる。なぜ彼はここまで “生まれてきた罪” を背負わなければならなかったのだろうか。

母子家庭の周平は、母・秋子にパシリのようにこき使われる毎日。ある日、秋子はゲーセンで知り合った元ホストの遼と家出するが、周平はおとなしくアパートで秋子の帰りを待っている。

資金が尽きると戻ってくる秋子と遼。周平をだしにして市役所職員からカネを脅し取ろうとするが失敗、3人は逃避行に出る。その間、周平は邪魔者にされながらも秋子に縋り付いている。秋子も時々周平に優しさを見せ、彼の思考をコントロールしている。他の人間から愛された経験のない周平には秋子の言うことがすべて。周平は秋子の理不尽な言動に疑問を持たない。たまに頭をなでてくれる、それだけで周平は秋子を絶対的に信頼してしまうのだ。こんな女に洗脳されている周平が哀れでたまらない。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

成長した修平はフリースクールに通い始める。ところが、やっと自分で考えられるようになった周平の足を秋子は引っ張る。秋子の態度と己の置かれた状況が異常だと少しは気づいている。それでも秋子への忠誠心は揺るがない。もはや他人がうかがい知れない母子の絆、救いのない結末が胸に重くのしかかる。ただ、秋子を演じた長澤まさみには肉体からもっとリアルな役作りをしてほしかった。

監督  大森立嗣
出演  長澤まさみ/阿部サダヲ/郡司翔/奥平大兼/夏帆/皆川猿時/仲野太賀/木野花/土村芳/浅田芭路
ナンバー  102
オススメ度  ★★


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https://mother2020.jp/

アンチグラビティ

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目に映るものが虫食いになっている。空間が歪み建物がねじ曲がっている。物体は上に向かって落下し下に向かって上昇する。人間は水平方向に飛び降り垂直方向に走る。重力が眠りについた太陽の死角のような不思議な場所、男は訳が分からぬまま黒い衣をまとった死神から逃げる。物語は “潜在意識の中で目覚めた” 男が真実を求めて彷徨する姿を描く。肉体が知覚する感覚も心に浮かぶ感情も実態があるかのようにリアル。そして彼はその世界の救世主としての役割を担わされる。細部まで手を加えられた視覚効果は圧倒的なめくるめく感を演出し強烈なドラッグでトリップしている気分になる。本来アナログなはずの脳内現象、いや、体内の情報伝達はすべて電気信号なのだからむしろデジタル的なのか。そんなことを考えさせられた。

目を開けると記憶が飛んでいる。自分が建築家だったような気はする。ぼーっとした頭で外に出てみると奇妙な風景が広がっている。突然漆黒の影に襲われるが、武装した3人組に助けてもらう。

戦闘員に連れていかれた隠れ家で、リーダーから「ここは昏睡中患者の記憶」と告げられる。そこでは住人みなが記憶を共有していてそれぞれに干渉しあっている。現実での彼らはみな意識不明の重病人か重傷者、生命維持装置を装着しつつ潜在意識を相互につなげているのだ。ある意味なりたい自分に書き換えられる理想郷でもある。両脚欠損の男などここでの人生に充実感を覚えている。不自由な体でも魂は自由、夢が叶いその幸せがずっと続くのならば虚構の中にいる方がマシと思うその男の存在が、現実世界での生きづらさを象徴していた。それでも建築家は運命を己の力で切り開く道を選ぶのだが。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、アイデア自体は「インセプション」や「マトリックス」の借り物、リーパーという死神は「ハリー・ポッター」の吸魂鬼、宙に浮かぶ安全地帯は「ソラリス」といった塩梅で、オリジナリティには乏しい。夢の中というくくりでクリエイティビティを発揮する難しさを、この作品は図らずも露呈した。

監督  ニキータ・アルグノフ
出演  ライナル・ムハメトフ/アントン・パンプーシュニー/ルボフ・アクショノーヴァ/ミロシュ・ビコヴィッチ/コンスタンチン・ラヴロネンコ
ナンバー  101
オススメ度  ★★*


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https://antigravity-movie.com/

レイニーデイ・イン・ニューヨーク

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裕福な家庭に生まれたおかげで気ままなキャンパスライフを謳歌している。恋人との一泊旅行は一流ホテルにチェックイン。深い教養があり彼女には一目置かれている。賭けポーカーでは強気に出て大儲け、娼婦に5000ドル払う。子供のころからカーライルのバーに入り浸っていたという主人公のバックグラウンドはNYの富裕層を象徴している。物語は、名門大学生カップルが体験する奇妙なすれ違いを描く。ジャーナリスト志望の恋人は有名監督のインタビューに舞い上がっている。約束をすっぽかされた青年はひとり故郷の街をぶらつきつつも旧知の人々との会話を楽しむ。よそ者ではない、生粋のマンハッタンボーイ。そんな、洗練された習慣に裏打ちされた自然なふるまいが、ウディ・アレンの理想とするニューヨーカーを体現していた。

アシュレーとのランチをドタキャンされたギャツビーは元カノの妹・チャンと再会、自主映画に飛び入り出演する。一方、アシュレーは失踪した監督を探すうちに様々な事件に巻き込まれる。

まるで20世紀末のアレン作品のように、登場人物はひっきりなしにしゃべる。他愛のない内容ながら、ユーモアと皮肉が詰まったセリフの数々はピンポイントで笑いのツボを押す。特に、セレーナ・ゴメス扮するチャンの憎たらしいまでの自信に満ち時に他人を見下した態度は、常に勝ち組に身を置き怖いもの知らずで育ってきた階級の子女の典型だった。格差や貧困・黒人差別問題などを彼らが口にしても嘘くさいだけ、ならばあえて触れない。金持ちの日常は、夢の国のおとぎ話のようだった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後アシュレーは映画スターに誘われるままに車に乗り、新恋人と報道される。傷ついたギャツビーは娼婦を連れて母が主催するパーティに出席する。俗物の塊で苦手にしてきた母は、そこでギャツビーに衝撃の告白をする。出自は問われない、大金を稼いだ実績とこれからも儲けそうだという期待値があればだれでもスノッブな “上流ごっこ” に参加できる。その薄っぺらさがNY人種の真実をついていた。

監督  ウディ・アレン
出演  ティモシー・シャラメ/エル・ファニング/セレーナ・ゴメス/ジュード・ロウ/ディエゴ・ルナ/リーヴ・シュレイバー
ナンバー  100
オススメ度  ★★★*


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https://longride.jp/rdiny/

サンダーロード

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感情をコントロールできない。衝動を抑えきれない。正義感も家族愛も強いのに、そのせいで損している。物語は、小さな町の警官が少しずつ周囲から孤立していく姿を描く。体を張って住民の安全と治安を守っているつもりなのに、熱意が空回りする。妻は愛想を尽かして出ていった。最愛の娘とは微妙な距離ができ始めている。上司とは馬が合わず、同僚との仲もギクシャクしている。母親が死んだばかりで友人知人から同情の目で見られてはいるが、同時にそれは半分白い目でもある。ところが当人は他人からどう思われているかまでには気が回らず、ついいつもの調子で眉を顰める言動に走ってしまう。ある種の精神疾患を抱えているのかもしれない。だが治療が必要なほどでもない。そんな不器用な主人公は、応援したくなるほど人間味にあふれている。

母の葬儀でスプリングスティーンの名曲を歌おうとして失敗したジム。相続したバレエスタジオを売り払って、ひとり娘・クリスタルの養育権を巡る裁判の弁護士費用に充てる。

喪主としてのスピーチで、用意したミュージックテープが作動せず、仕方なく無音のダンスを披露するジム。母を喪った悲しみがこみあげてきて、言葉にしようとしているのにまともな話にまとまらない。彼はその思いを必死で表現しようとするが、踊っているうちにさらに自制がきかなくなり、とうとう退席を促されてしまう。まじめに取り組むほど想定外の結果が待っているジムの日常に、ままならない人生の皮肉が凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

クリスタルと過ごす週三日を楽しみにしているジムは、元妻の引っ越しで親権を奪われてしまう。そして警察の上司や同僚とももめ、ついにはクビを言い渡される。悪態をつく前に一息置けばいいのに、行動に移す前に深呼吸すればいいのに、ジムの口も体も勝手に動いてしまう。確かにこんな男に幼い娘の面倒を見させるのは危険だろう。それでも、一生懸命に娘を愛し理解しようとしているのは伝わってくる。父娘関係の修復に見えたわずかな希望が救いだった。

監督  ジム・カミングス
出演  ジム・カミングス/ケンダル・ファー/ニカン・ロビンソン/ジョセリン・デボアー/チェルシーエドマンドソン
ナンバー  99
オススメ度  ★★*


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https://thunder-road.net-broadway.com/