こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

燃ゆる女の肖像

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モデルを細部まで観察する画家は、いつしか彼女の癖を見抜き心の動きを読めるようになる。モデルの方も絵筆を動かす画家をじっと見つめ、彼女の表情や仕種を脳裏に焼き付けている。女たちには言葉を交わさなくても信頼関係が芽生え、やがてそれは男には感じたことのない思いに昇華されていく。物語は、肖像画家とモデルの至高の愛を描く。まだ女の権利が制約されていた時代、貴族の娘は親の決めた婚約者を断れなかった。画家も父の名を借りなければ自分の作品を発表できなかった。女というだけで思い通りに生きられない、だからこそ束の間の自由を謳歌し心にとどめようとする。相手が目にする当てはない、それでも本の余白のスケッチをずっと宝物にしていると伝える肖像画が、純粋で崇高だが叶わぬ願いの切なさを誘う。

エロイーズの見合い用肖像画を依頼されたマリアンヌは孤島の屋敷に向かう。エロイーズは結婚を嫌がっていて、マリアンヌは散歩友達として彼女に近づき、言語化した記録と記憶をもとに肖像を完成させる。

友情を覚えるまでになったエロイーズとマリアンヌ。ところが、嘘に耐えられなくなったマリアンヌは肖像画をエロイーズに見せる。だがそれはエロイーズという人間の表層をなぞった浅薄な出来栄えで、彼女は気に食わない。自らモデルになると言い出し、マリアンヌの要求に応じてポーズをとる。ふたりの濃密な時間、お互いの満たされない気持ちを理解するうちに、お互いが求めていた魂の片割れと確信するふたり。結ばれないのはわかっている。期限があるから燃え上がり美しい思い出を残そうとする。そんな彼女たちのキスは永遠の輝きを放っていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その間、ふたりは望まぬ子を妊娠したメイドの中絶に付き添う。両足を広げ仰向けに寝たメイドが処置を受けている間、まとわりついた赤ちゃんがメイドの鼻を触ったりする。誕生を許されなかった命と生まれたばかりの命が隣り合わせになっている。運命とは己の意思では選べないと暗示する象徴的シーンが素晴らしかった。

監督  セリーヌ・シアマ
出演  ノエミ・メルラン/アデル・エネル/ルアナ・バイラミ/バレリア・ゴリノ
ナンバー  214
オススメ度  ★★★*


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魔女がいっぱい

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手袋の中は三本指の手、足の指は1本しかなく、かつらの下はあばただらけのハゲ頭、耳まで裂けた口には鋭い歯が並んでいる。見た目は絶世の美女、正体は醜い化け物。巻き舌で自信満々にしゃべる大魔女に扮したアン・ハサウェイの圧倒的な存在感が、この子供向きの作品を大人も楽しめるレベルに昇華させていた。物語は、魔女のせいでネズミになった少年が仲間と共に復讐する過程を追う。魔女は日常のあちこちに潜んでいて、子供たちを動物にするチャンスを常にうかがっている。差し出されたお菓子を食べたら最後、もう元には戻れない。言葉は喋れてもやっぱり異様、やがて彼らはそのまま一生を終えてしまう。ネズミの視点から見た人間界は危険がいっぱい、でも魔女をやっつけなければ自分たちの未来もない。そんな寓意に満ちた世界観がディテール豊かに再現されていた。

おばあちゃんと暮らす少年は魔女の手から逃れるために高級ホテルに泊まりこむ。だが、そこに大魔女率いる魔女軍団が集会を開くためにやってくる。少年は大魔女に見つかり変身薬を飲まされてしまう。

同じくネズミの姿に変えられたメアリーやブルーノとともに、おばあちゃんがいる部屋に逃げ帰った少年。人間に戻る方策は変身薬にあると当たりをつけ、大魔女の部屋に忍び込んで1瓶盗み出す。その際、大魔女に見つかりそうになったりもするが何とか切り抜ける。日本の子供はよく知らないおばちゃんからはあめちゃんをもらう。ところが、米国では絶対に見知らぬ大人からお菓子をもらってはいけないと、このような童話で戒める。実際に毒物が混入していた事件でもあったのだろうか。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後の展開も特にひねりはなく、3匹のネズミは下位の魔女たちを片付けたものの大魔女に追い詰められるが、彼女はかわいがっていたペットに裏切られるという悪にふさわしい最期を遂げる。そして、少年たちがネズミとしての “人生” をまっとうしようとする決意は、変えられない現状に抗うより現実を精一杯生きることが大切だと訴えていた。

監督  ロバート・ゼメキス
出演  アン・ハサウェイ/オクタビア・スペンサー/スタンリー・トゥッチ/クリス・ロック/クリスティン・チェノウェス/ジャジル・ブルーノコーディ=レイ・イースティック
ナンバー  213
オススメ度  ★★★


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君の誕生日

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何をしていても気分が重い。だれがどんな言葉をかけてきても心に響かない。あの日から時が止まってしまった母は、悲しみに暮れる日々を送っている。物語は、最愛の息子に先立たれた家族の喪失感を描く。少しずつでも前に向かって歩き出したい父は幼い娘と笑顔を取り戻そうと努力している。だが母は沈み込んだままことあるごとに情緒が乱れ、父や娘に当たりちらしている。同じく子供を失った親たちや支援団体の呼びかけにも反応せず、あらゆる援助の申し出を拒絶する。一方で、事件の解決を引き延ばすかのような犠牲者遺族の頑なな態度が世間から非難を浴び始めているあたり、被害者であり続ける難しさが再現されていた。ひたすら冗長かつ陰鬱で息苦しい映像は彼女の胸中を代弁し、その閉塞感がスクリーン越しに客席まで伝染してくる作品だった。

帰国したジョンイルは妻・スンナムのアパートを訪ねるが門前払いされる。長男・スホの災厄のときにいなかったと責められたジョンイルは、娘のイェソルの面倒を見て贖罪の気持ちを表す。

街頭活動や墓参などで、スホはセウォル号事件で犠牲になったことが小出しにされる。スンナムは、スホの誕生会を開いて彼を悼みたいという遺族会の提案を拒否し、ひとりでスホの死を抱え込んでいる。スホの思い出に浸っている時間だけが安らぎ、でも我に返って不在に気づくとまた大声で泣きだしてしまう。そんな彼女をジョンイルは見守っている。スンナムの純粋すぎる思い、ジョンイルのやさしさ、イェソルの両親に対する気遣いといった微妙で繊細な心理の揺れが濃やかに表現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして迎えたスホの誕生日、わずかに冷静さを取り戻したスンナムも誕生会に出席している。頼もしかったスホ、楽しませてくれたスホ、責任感が強かったスホ、遠慮しらずの大食いだったスホ。出席者全員がスホを愛している。それを知ったスンナムがこわばった表情を解きほぐしていく過程は、人は死んでも、誰かの記憶の中にある限り生き続けていると訴えていた。

監督  イ・ジョンオン
出演  ソル・ギョング/チョン・ドヨン/キム・ボミン/ユン・チャニョン/キム・スジン/イ・ボンリョン
ナンバー  212
オススメ度  ★★*


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http://klockworx-asia.com/birthday/

ヒトラーに盗られたうさぎ

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住み慣れたおうちを離れるのは寂しかった。大好きなメイドとのお別れは悲しかった。大切にしていたうさぎの人形を置いていくのは嫌だった。でも、パパとママの深刻な表情を見ていると言う通りにするしかなかった。物語は、ナチスが台頭し始めた時代、迫害から逃れるために国外に脱出したユダヤ人一家の苦難をたどる。批評家の父は世の中の動きに敏感で、命は間一髪助かった。だが逃亡資金はすぐに底をつき、ホテル暮らしは行き詰る。仕事を求めて大都会に引っ越しても、待っていたのは食べものに事欠く生活と家賃の督促。そんな毎日でもヒロインの少女は幼い心で現実を受け止め、たくましく成長していく。歴史を鑑みるに父には先見の明があったのだが、生き延びられた幸運を “神の意思” などという常套句で総括しないあたりが洗練されていた。

1933年、ドイツ総選挙でナチス有利の情勢の中、9歳のアンナと兄のマックス、両親はベルリンからスイスに越境する。現地で親友もできたアンナだったが、父はパリに移る決意をアンナたちに伝える。

フランス語はまったくわからないアンナだが、地元の小学校に転入後猛勉強する。その間、クラスメートは彼女を異物として扱わず、アンナも特にいじめられたりせずとけ込んでいく。アンナの関心はもちろん家族、これからどうなるのか心配しながらも学用品代を節約し投げ銭拾いまでする。同時に、母と押し掛けた知人宅で食事にありついたり服をもらったりと、安いプライドにしがみつく父と違って何をすべきか学んでいく。カメラは彼らの日常を淡々ととらえ、ただ普通に生きていることのすばらしさを訴えていく。この間、抑制の効いた演出が彼女の繊細な心情をリアルに再現していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後も、ベルリンに残してきた叔父の消息を知らされたり、学校の作文コンクールで優秀賞を得たりと、アンナは忙しい。そして決まったロンドン行き。時流の先を読み自らの意志で運命を切り開こうとする者だけが難局を乗り切れる。自分たちを守ってくれた父への感謝にあふれた作品だった。

監督  カロリーヌ・リンク
出演  リーバ・クリマロフスキ/オリバー・マスッチ/ カーラ・ジュリ/マリヌス・ホーマン/ウルスラ・べルナー/ユストゥス・フォン・ドーナニー/
ナンバー  211
オススメ度  ★★★


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https://pinkrabbit.ayapro.ne.jp/

天国にちがいない

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果樹を盗む男、レストランの店主に因縁をつけるヒゲ兄弟、ヘビの恩返しの話をする老人、銅鍋を運ぶ女、サングラスの警官と目隠しされた女etc. キリストの出身地といわれる土地で暮らす彼には、日常のすべてが映画のワンシーンに見える。劇的な出来事があるとは限らない。だが、目の前で展開する人々の営みはファインダー越しに見ている虚構のよう。物語は、パレスチナの映画監督が新作の企画を持ってパリとNYに売り込みに行く過程を描く。いつも武力衝突が起きているわけではない。厳しい取り締まりや差別を受けているわけでもない。彼の企画は自由社会が抱く “紛争地” の印象からは程遠く認めてもらえない。豊饒なイメージの数々は、実は欧米の大都市の方が危険に満ちていると示唆する。

迷い込んだ小鳥に邪魔されながらも書き上げた脚本を持って、映像作家はパリに飛ぶ。故郷とは違い、女はセクシーに着飾り、男は彼女たちに秋波を送るが、秩序は保たれている。

人通りの絶えたパリ、1人の男が逃走し、3人のセグウェイに乗った警官が追う。道路が交差する広場では電動車いすやローラースケーターが行き交う。地下鉄では無賃乗車男ににらまれ、噴水の周りではベンチの取り合いが繰り広げられる。散文的な映像の連続、それぞれの意味するところは異文化と遭遇した驚きなのだろう、夢も交じっている。そこでは常に彼は傍観者、まれに当事者になることもあるが、その時も自分自身を客観視している。ほとんど台詞はない。にもかかわらず、彼の表情は饒舌に語っている。奇妙なところに来てしまったと。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

さらに遠いNYでは、パレスチナは神聖視されている。真の放浪者とか英雄とか、パレスチナから来たというだけで彼は特別扱いされる。なのに、彼の企画はここでもパレスチナっぽくないと却下。一方で、空港警備で見せる妙技が、パレスチナ人=テロリストの偏見を象徴する。結局彼はパリにもNYにもなじめなかった。天国は居心地が悪い、そんなエリア・スレイマンの強烈な皮肉ににんまりした。

監督  エリア・スレイマン
出演  エリア・スレイマン/タリク・コプティ/アリ・スリマン/ガエル・ガルシア・ベルナル
ナンバー  195
オススメ度  ★★★


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https://tengoku-chigainai.com/

アーニャは、きっと来る

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少年は長閑な山間の村で羊を追い猟をするのが人生だと思っていた。だが彼の下にも戦争の足音は確実に近づいて来る。物語は、第二次大戦中ドイツ保護下の南フランス、ユダヤ人孤児の逃亡を手助けする人々を支える少年の葛藤と成長を描く。自分の知らないところで大人たちは戦っている。早く一人前になりたい少年は、少しでも役に立とうと秘密を守り彼らの手足となって働く。一方で親しくなったドイツ兵に立場を越えた感情を抱くようにもなっている。その間、ドイツ兵が強権的な支配者ではなく個人としては共感できるキャラだったり、村人にも信用できない者がいたりと、複雑な人間模様が再現される。敵味方の単純な二元論ではなく、絡み合うさまざまな思惑が緊張感を醸し出していた。

熊に襲われた愛犬を探して山に入ったジョーは、謎めいた男・ベンジャミンと出会う。ベンジャミンは村はずれの農家に住むオルガータと共にユダヤ人の子供たちを匿っていた。

ジョーは彼らのために村から食料を運ぶ役目を託される。頼まれた買い物をしているとドイツ軍伍長に声をかけられ危うくバレそうになる。ジョーの買ったものをベラベラ伍長にしゃべる食料品女店主はジョーに値上げを通告し、伍長にはどこか媚びている。ジョーはこの店で万引きするなど女店主を嫌っているし、彼女もジョーに対して売ってやっているという態度。ドイツ軍監視の下で商売をしているのだから仕方のないことかもしれないが、この女店主の立ち位置が生き残るために必死な一般市民を象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、夏は山で過ごす羊飼いの習慣を利用した計画で子供たちをスペインに脱出させるジョーの家族。その過程でハラハラドキドキするようなサスペンス演出はほとんどなく、一部の犠牲者を出したものの、おおむね予定通りに運ぶ。ただ、冒頭でベンジャミンが生き別れたアーニャがどうやって村まで辿りついたかはまったく明かされない。ジョーのぬるい冒険よりもアーニャの過酷なサバイバルを知りたかった。

監督  ベン・クックソン
出演  ノア・シュナップ/トーマス・クレッチマ/フレデリック・シュミット/トーマス・レマルキス/ジャン・レノ/アンジェリカ・ヒューストン
ナンバー  209
オススメ度  ★★*


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https://cinerack.jp/anya/

脳天パラダイス

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「あきらめ」「不安」「後悔」「怒り」「ふがいなさ」「懐かしさ」etc. そこに住んでいた家族の感情がごちゃまぜになり「やけくそ」になるまで煮詰められたとき、幸福な高揚感に昇華される。物語は、立ち退きを迫られた豪邸で繰り広げられる一夜の饗宴を描く。最初は小さな集いのつもりだった。SNSで拡散した情報は次々と人を呼び、気が付くと見知らぬ他人ばかり。屋台まで出店して縁日のような賑わいになる。飲み食い踊り、恋人たちも出会ってすぐの男女もセックスにふける。大騒ぎが苦手な人も騒乱に巻き込まれている。羞恥心なんか捨てろ。理性に蓋をしろ。ただ衝動に身を任せ心を裸にして楽しんだ者勝ち。盆踊り風のセットでキレキレのダンスをキメるシーンが最高にクールだった。

自宅を明け渡す日、あかねはツイッターにパーティを開くとメッセージを投稿する。すると、出ていった母を始め、男性カップル、台湾人母子、太った叔母、自転車旅行中の青年などが次々とやってくる。

ゲイ夫婦の結婚式を祝ううちに訪問者は膨らみ始める。好き勝手に家に上がり込んだり庭を散策したりしているのに、父はおろおろするだけで無力。これはあかねの家族というより、豪邸自体の意思が妄想となり暴走したのだろう。祖父の生前はよく人が訪れ活気があった。豪邸の記憶はそこを去る家族に最後の思い出を作らせたかったのだ。三世代にわたる誕生から成長さらに葛藤を経てに死至る長い時間、裏切りや嘘、悲しみや苦労もあったけれど、おおむね喜びに満ちていた。この一家の歴史を凝縮した狂乱は、人と人の繋がりが人生を充実させると訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後も大きくなったコーヒー豆がギリシア彫刻と決闘したり、アイスピックが刺さった首から血を噴出させたり、借金取りが賭場を開いたりと、もはや意味を考えるのは無意味と思わせるシュールな映像が連発する。まさしく狂乱のイマジネーションが生み出したカオス、どんちゃん騒ぎはアホになり切って参加することに意義があるとこの作品は教えてくれる。

監督  山本政志
出演  南果歩/いとうせいこう/田本清嵐/小川未祐/玄理/村上淳/古田新太/柄本明
ナンバー  208
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://no-ten.com/