こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

しあわせのマスカット

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慌て者で粗忽者、根は正直だが深く考えずに体を動かす。笑顔と元気だけは誰にも負けない。物語は、あこがれの菓子会社に就職したヒロインがさまざまな出会いと体験を積んで成長していく姿を描く。研修の配属先では失敗ばかり、もう来なくていいといわれる。新しいお菓子のアイデアはあるのに、実現させる手立ては遠のいていく。やっと与えられた仕事は気難しい農家との交渉役。もう後がない彼女は、そこで無類の明るさとめげない精神力で農夫のかたくなな心をほぐしていく。中高生を意識した作品なのだろう、前半は飛躍した設定に面食らったが、彼女のまっすぐな気持ちが周囲の人々を変えていく過程は、人間の価値は何を思ったかではなく何をしたかで評価されると教えてくれる。失敗はやり直せる。まずは行動が大切なのだ。

社会人としてまったく使い物にならない春奈は、ぶどう農家の秋吉の農園を手伝いに行く。後継者がおらず廃業を考えている秋吉は春奈を追い返そうとするが、春奈は秋吉のもとに通い続ける。

ひとり息子を事故で亡くした秋吉はぶどう栽培以外に興味はなく素人の春奈を迷惑がっている。それでも農家の青年に事情を聴いたり秋吉の妻に取り入ったりしてなんとか秋吉の温室に入室を許される。植物相手の肉体労働、土や堆肥にまみれた作業着を着たまま会社に行くと、同期の仲間はみなきりりとしたスーツでてきぱきと仕事をこなしている。そのギャップに、お菓子作りの夢は遠のいていく。修学旅行で一度だけ訪れた土地、友達はおらず、姉からの電話にもカラ元気を出す。そのあたり、家族の反対を押し切って新天地に飛び出してきたであろう彼女の苦労がしのばれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

我慢の限界と辞表を提出した春奈だったが、折しも集中豪雨が襲う。秋吉が息子のために作った農園も被害を受け、春奈はひとりでがれき撤去を始める。もはや何も言わない、助けも求めない。誰に頼まれた作業でもないのに黙々と手を休めない春奈の背中は、ひとつのことを最後までやり遂げる尊さを訴えていた。

監督  吉田秋生
出演  福本莉子/中河内雅貴/本仮屋ユイカ/田中要次/長谷川初範/竹中直人
ナンバー  68
オススメ度  ★★*


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https://shiawasenomuscat.com/

砕け散るところを見せてあげる

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ヒーローになる! そう決意した高校生は学校でいじめられていた下級生女子を思わず助ける。やがて、暗い表情でまともに話せなかった彼女は、少しずつ少年に心を開いていく。物語は、そんなふたりが距離を縮め理想的なカップルに成長していく過程を描く。ごみを投げつけられ、上履きを捨てられ、トイレに閉じ込められ、水をぶっかけられ、タッパーの中身をぶちまけられても黙って耐え忍んでいる少女。少年はそのたびに彼女のもとに駆け付けかばってやる。見返りは求めない。ほどなくその行為は同級生から “かっこいい” と評価されるようになる。吃音気味の少女が精いっぱいの勇気を振り絞って礼を言うシーンは、感謝の気持ちを伝えることが良好なコミュニケーションと人間関係を築く基本であると教えてくれる。

ずぶ濡れになった玻璃を保護した清澄は、彼女の制服を乾かす間いろいろな話をする。少々訳ありでズレたところはあるがかわいい顔をしている玻璃を、清澄は守ってあげたいと思い始める。

おばちゃんが作ってくれたおはぎを清澄から渡されると大喜びする玻璃。高校入学後、ずっとクラスメートから相手にされなかったのだろう、かみ合わない会話の中でも清澄は玻璃を理解しようと努める。額を出し背筋を伸ばせばそれなりに見栄えのいい玻璃に、清澄はもっと自信をもって胸を張れと励ます。このあたりのスクールカースト最下位女子が上位男子に見初められる的設定は通俗的だが、清澄のポジティブなキャラゆえにテンポよく楽しめる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ところが、玻璃の父親が登場したあたりから彼らの日常に影が差し、先が読めなくなる。UFOとは何か、家出したお母さんといるはずのおばあちゃんはどこに行ったのか、荒れ放題の家など、玻璃の私生活が明らかになるにつれ怪しげな空気が立ち込める。かなり強引で無理があるが、自分のためには戦わないというヒーローの掟が通奏低音となっているために、なぜかその展開を心地よく受け入れてしまうのだ。命がけで他人を救う姿はやっぱり美しい。

監督  SABU
出演  中川大志/石井杏奈/井之脇海/清原果耶/松井愛莉/北村匠海/矢田亜希子/木野花/原田知世/堤真一
ナンバー  81
オススメ度  ★★★


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https://kudakechiru.jp/

ブックセラーズ

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羊皮紙に手書きされた分厚い革表紙の本は、それだけで美術品の趣を持っている。活版印刷が発明され大部数出版されるようになると、表紙は傷み本文も虫が食っていたりするが初版本には高額の値がつけられる。カメラは、古書と古書に人生を捧げた人々を通じて、書籍の未来を占う。巨大なイベントスペースに集められた無数の古書の中からお宝をみつけ出そうとする古書店主。どんなものに値打ちがあるのかは時代と共に移り変わる。その流れを読み的確な判断を下した者が生き残る。だが、あらゆるものがネットで売買される現代、コレクターたちは古書店に足を運ばず検索し注文すると狙いの本を手に入れることができる。それでも、リアルな書籍の感触を好む古いタイプの古書店主たち。デジタル社会だからこそ、 “本物” にこだわるのだ。

NYブックフェアで掘り出し物を探す古書店主たち。かつてNYのあちこちにあった古書店も、近年は電子本に押され撤退する店が増加している。そんな中、21世紀の古書店主たちは古書に新たな価値を見出している。

床から天井まで隙間なく詰め込まれた本の数々。狭い通路を挟んで書棚に並んだ古書からは乾いた紙の匂いが漂ってきそうだ。全編を通じてBGMとして流されるジャズのメロディは古書とコレクターの関係を軽やかに代弁し、読書が醸し出すハイソな香りを濃厚に漂わせる。書物に囲まれて生きる幸せ、それはいくらカネをつぎ込んでも惜しくない、魂のレベルでの満足感なのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ところが、場所を取る書籍は地価の高い都会では経営効率が悪い。同時に本は内容と割り切って電子本しか買わない世代の台頭で、ますます需要は小さくなっている。しかし、アート作品としてのカバーや、有名人への献辞、著者の手稿といった新たな視点で生き残りをかける古書店主たち。紙に印刷した本は21世紀中になくなるだろう。この作品に登場する古書店主たちと古書を愛した作家やコレクターは、書籍に対する愛を惜しみなく語る。それは滅びゆく文化に対するレクイエムなのだ。

監督  D・W・ヤング
出演  デイブ・バーグマン/アディナ・コーエン/ナオミ・ハンブル/ジュディス・ローリー/ジム・カミンズ/アーサー・フルニエ/スティーブン・マッシー
ナンバー  76
オススメ度  ★★★


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http://moviola.jp/booksellers/

グランパ・ウォーズ おじいちゃんと僕の宣戦布告

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あんなにかわいらしかった孫が、いつの間にか憎たらしいガキに成長している。既得権を奪われた悔しさはわかるけれど、少しは我慢することも教えなければならない。物語は、引っ越してきた祖父と、彼のせいで屋根裏に追いやられた少年の “いたずら戦争” を描く。戦争ではあるが守るべきルールもある。あくまでいたずらを仕掛けるのは当事者間同士に限り無関係な家族を巻き込まない。一方で祖父も少年も相談相手はいる。2人とも友人の助言に従って、老人は老人なりの、少年は少年なりの方法論でいたずら合戦を続けていく。手が込んでいるほど楽しく、頭を使っているほど面白い。通常の作戦は読まれている、相手の裏の裏をかくような手口は、お互いを傷つけあうような悪ふざけになる手前で抑制が効いていて心地よい。

妻を亡くした独居老人・エドは娘のサリー一家と暮らし始める。エドは、サリーの息子・ピーターの部屋を使い始めるがピーターは納得いかず、取り戻すためにエドに対して宣戦布告する。

先制攻撃を仕掛けたのはピーター。だが余裕で受け流し反撃するエドに、さらなるアイデアで勝負する。ベッドの中に蛇を入れるのは「ゴッドファザー」馬の生首のシーンを思い出してしまった。その後も一進一退、友人たちを巻き込んだトランポリンドッジボールで決着をつけようとする。前後だけでなく飛び跳ねることでさまざまなアクションが加えられ、日本の小学生がやっているゲームとは全く違う立体的な動きはスリリングかつコミカルだ。身軽な13歳とスローな老人たちがそれぞれの長所を利用して死力を尽くす姿は、オンラインゲームにはない躍動感に満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

妹の誕生日パーティで休戦協定を結ぶ2人。ところが、双方相手が先に協定破りをするだろうと、全く信用していない。案の定始まった大騒動。そして、それをきっかけに家族の絆をかみしめるエドとピーター。確かに家族は他人の始まりではある。それでも一緒に暮らし信頼を高め合えば、分かちがたい愛が生まれるとこの作品は訴える。

監督  ティム・ヒル
出演  ロバート・デ・ニーロ/ユマ・サーマン/ロブ・リグル/オークスフェグリ
ナンバー  75
オススメ度  ★★*


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https://grandpa-wars.jp/

スプリー

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ライブ配信でバズりたい! その一心で暴走し、次々と殺人を重ねていく。だがフォロワー数は一桁、歯止めが効かなくなった男はさらに過剰な演出を加えていく。物語は、動画配信でインフルエンサーになろうとする若者の歪んだ心を描く。視聴者が興味を抱くような面白いアイデアは浮かばず、自分のクルマに取り付けたカメラでライドシェアの客とのやり取りを発信するだけ。退屈なのはわかっている、だからこそ客たちがもがき苦しんで死んでいくところを見せれば、刺激を求めている人々に受けるかもしれないと考える。なのに、過激にすればするほどフェイクとディスられる皮肉。殺すことに快感を覚える旧来の変質者とは違う、ネット社会が生んだ新しいタイプのサイコパス。社会に対する憎しみではない、自己承認欲求が強すぎるゆえの大量殺人はあくまでゲーム感覚だ。

少年時代から動画をSNSに公開しているカートは、どうすれば人気者になれるか試行錯誤の日々。かつてシッターをした少年から見下されたことから、凶暴な本性をむき出しにする。

退屈な人生は仮の姿、すぐにネット界のスターになれると思い込んでいるカート。なぜ視聴者が食いつかないかを冷静に分析せず、人気コメディアンにしつこく絡んだりする。車内を派手に装飾してカメラ映えを意識しているのに、視聴者の反応は期待とは反対のモノばかり。己の異常さを売り物に法や道徳・倫理まで破って覚悟のうえでやっているのに炎上すらしない。なにをやってもネットの住人から相手にされない独りよがりのむなしさと、それでも根拠なく自分の可能性を信じるカートの表面的な明るさが不気味だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

視聴率のためなら何でもありというTVマンが主人公の映画はあったが、それはプロの世界の話。今やだれもがコンテンツ発信者になれる時代、こういう異常者を放置しておけばやがて当局が介入し、さまざまな規制を設けてくる。表現の自由を守るためにもプラットフォーム提供者は何らかの基準を設けるべきという問題を投げかける作品だった。

監督  ユージーン・コトリャレンコ
出演  ジョー・キーリー/サシーア・ザメイタ/ミーシャ・バートン/ジョシュ・オバージェ/デビッド・アークエット
ナンバー  74
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
https://synca.jp/spree/

るろうに剣心 最終章 The Final

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壁を走り屋根を飛び床を滑る。圧倒的な身体能力とワイヤーアクションで見せる殺陣は、これまでのシリーズをよりパワーアップさせ瞬きする間も与えない。物語は、個人的な復讐のために腕利きの殺し屋を集めたギャングのボスと、彼らを迎え撃つ剣豪の苦悩を描く。自分のせいで大勢の罪なき人々が巻き込まれていく。阻止するために殺し屋たちをひとりずつ倒していく。過去からの亡霊、逃げることは許されない。不殺の誓いを立てた主人公は斬れない刀を振り回しながら己の業をかみしめる。一対一、一対多数、さらに複数対大多数と、切れ目なく延々と擬闘を続ける映像は、満腹の胃にバターたっぷりのスイーツを詰め込まれているような濃厚さ。過剰な演出の波状攻撃は刺激に対して不感症になってしまう。携帯型大砲はどうやって正確な着弾点をはじき出したのだろう?

抜刀斎が自分の刀で斬り殺してしまった妻・巴の弟・縁が上海から日本に戻ってくる。縁は財力とネットワークで抜刀斎に恨みを持つ剣客を集め、東京のあちこちで無差別テロを起こす。

西南戦争も終わり平和を取り戻した日本、廃刀令が出されたのちも帯刀する抜刀斎。日本にも拳銃や機関銃など西洋の最新武器が輸入されているが、抜刀斎が見向きもしないのはプライドゆえか。もはや侍は時代遅れ、それでもかつて数えきれない人の命を奪った記憶は消えない。そして、頬の十字傷に塩を擦り込むかのように縁は少しずつ抜刀斎を追い込んでいく。そして亡き妻との間に芽生えた愛とそれ以上の複雑な感情。だが、そういった登場人物の背景は付け足しにすぎず、映画はひたすら敵味方入り乱れての斬り合いに終始する。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして抜刀斎は縁との最終決戦に臨む。実力は互角、どちらも相手の攻撃に一切ひるまず反撃する。ストーリー性やリアリティを捨てて、あくまで “誰も見たことのないチャンバラ” にこだわるサービス精神は素晴らしい。だが、まるで「マトリックス」におけるネオ対スミスの終わりなきバトルを見ているようで溜息しか出なかった。

監督  大友啓史
出演  佐藤健/武井咲/新田真剣佑/青木崇高/蒼井優/伊勢谷友介/土屋太鳳/江口洋介
ナンバー  73
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
https://wwws.warnerbros.co.jp/rurouni-kenshin2020/about/

いのちの停車場

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夫に介護される寝たきりの年老いた妻。セカンドオピニオンを求める女流棋士。大きな障害を負いながらも前向きな気持ちを捨てない経営者。末期がんを告知され余命を有意義に過ごそうとする元官僚。治療の見込みが立たない子供とその両親。物語は、在宅医療専門の医師の目を通して、だれもが逃れることのできない “死” を直視する。もともとは救急救命医で、流れ作業のように運び込まれる病人けが人を見てきた。だが、患者の自宅でじっくりと向き合う訪問医に転身した彼女は、優秀なスタッフに恵まれ自らの医療に対する姿勢を見つめなおしていく。患者の健康を回復させるのが医師の職責だが、寿命が尽きかけた人を安らかに逝かせるのも仕事。苦痛はあるが、家族知人にきちんとお別れができる「がん」で死ぬのも悪くないと思った。

東京の大病院から金沢の小さな診療所に転職した咲和子は、看護師の麻世と患者宅を自転車で往診する毎日に改善の余地を感じる。ある日、東京での知り合い・聖二が診療所に転がり込んでくる。

病院ではないせいか、患者たちは咲和子にわがままばかり言う。肺がんの芸者は遠慮なくタバコを吸おうとして、たしなめられたら開き直る。IT企業経営者など咲和子を呼びつけて面接などと偉そうな態度。それでも咲和子は穏やかな表情を崩さず彼らの言い分に耳を傾け、期待に沿えるよう努力を惜しまない。そんな彼女に麻世も聖二も医師のあるべき姿、医療の理想を見出していく。患者を理解しようとする姿勢こそが、患者にとって一番の薬なのだ。咲和子の、聖母のような慈しみの深さを嘘っぽくなく表現できるのは吉永小百合だけだろう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

一方で彼女も、年老いた父の扱いに困っている。体が動かなくなったうえに痛みに耐えられなくなった父は死なせてくれと咲和子に懇願する。父の気持ちはよくわかるし、尊厳を損ないたくもない。ところが日本の法律は安楽死を許さない。咲和子の苦悩と葛藤と逡巡は、超高齢化社会を迎えつつある日本と日本人に突き付けられた命題でもある。

監督  成島出
出演  吉永小百合/松坂桃李/広瀬すず/西田敏行/田中泯/石田ゆり子/伊勢谷友介/小池栄子/泉谷しげる/柳葉敏郎
ナンバー  60
オススメ度  ★★★*


↓公式サイト↓
https://teisha-ba.jp/