こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ドライブ・マイ・カー

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愛し合っているはずだった。居心地のいい関係を築いてきたつもりだった。だが、偶然見てしまった妻の不貞。物語は、演劇祭で上演される古典劇の演出を任された男の魂の彷徨を描く。妻の裏切りに深く傷つかなければならないのに、思ったほど悲しみは湧いてこない。だからといって新しいパートナーを見つける気にはならない。あの日の朝、妻は何を伝えようとしていたのか。その真実に向き合わないままずっと逃げ続けてきた彼は、同じような葛藤を抱えて生きている運転手にと出会ったことでもう一度己の内面を見つめなおしていく。端正なカメラワークと抑制のきいた演出は、端っこが少し歪んで見えたり、声にならなかった思いが余白からにじみ出たりといった村上春樹の世界観を損なうことなく映像化していた。

脚本家の妻・音が語るストーリーに耳を傾ける家福は、彼女の話に強く惹かれていた。ある日、出張の予定が変更になって帰宅すると、音は若い男とセックスにふけっていた。

何かを決心したようなまなざしを家福に向けて、音は話があると言った。ところが音は突然死、家福は死刑執行を永遠に延期されたような気分になる。2年後、演劇祭のオーディションに音の浮気相手・高槻が現れる。高槻に主役を割り振る家福。演出家と役者という立場を借りて、家福は高槻を追い詰めようと謀るが、高槻は家福の思惑を見透かしているかのように屈託がない。気まずさすらオブラートに包む家福と高槻の会話は緊張感に満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

家福の専属運転手を務めるみさきは表情を消している。それでも、韓国人夫婦と一緒に食事をしたのをきっかけに少しは家福と話すようになる。そして上演が危ぶまれる事態を機に、家福とみさきは長いドライブに出る。その過程で、彼らの人生を息苦しくしてきた原因をお互いに明かし合う。過去にとらわれていては前に進めない。「大丈夫」という言葉は魔法のように心を安定させるとこの作品は訴える。「天気の子」のラストシーンと丸被りしていたのには苦笑したが。。。

監督  濱口竜介
出演  西島秀俊/三浦透子/霧島れいか/パク・ユリム/ジン・デヨン/ソニア・ユアン/安部聡子/岡田将生
ナンバー  149
オススメ度  ★★★


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子供はわかってあげない

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書道家でもある友人の家で見つけたのは、財布に入っているのと同じお札。偶然なのか運命なのか、少女はそれを手掛かりに幼いころに生き別れた実の父を探し始める。物語は、水泳部に所属するアニオタ女子高生が、ひと夏の経験のなかで成長していく姿を追う。探し当てた父は精彩を欠くオッサンになっていた。教祖だと知らされ身構えていたのに拍子抜けするほど普通の人だった。そして始まった海辺の共同生活。円満な家庭、友達思いの友人、ゆる~い部活、人気のない砂浜。もっと劇的な出来事があってもいいはずなのに、ほとんど波風は立たない。にもかかわらず豊かなディテールのおかげで、スクリーンは強烈な引力を放つ。多用される長回しも常に躍動感があり、登場人物の感情が繊細に再現されていた。少女少年が同時に片足飛びするシーンがほほえましい。

美波はアニメキャラの墨絵を描く門司と意気投合、彼の家に遊びに行く。それがきっかけで、実の父が新興宗教の教祖になっていると知る。美波は水泳部の合宿と親に偽り彼に会いに行く。

目の前がさびれた海水浴場という小さな家に父はひとりで住んでいる。門司の兄に案内されて訪問するが、プロローグアニメの建材親子のような愛憎や葛藤に満ちた父娘再会を期待させておいて、あっさり肩透かしくらわす。そこから始まる2人の共同生活は、最初こそ共通の話題もなくぎこちないが、ほどなくお互いを受け入れる。このあたりの間の取り方が絶妙で、スクリーンからにじみ出るほのかなユーモアが心地よい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

美波に連絡がつかなくなったことから、門司は彼女を心配して海辺の家に駆け付ける。そこで待ち受けていたのは意外な光景。肝心な時や大切な思いを口にしようとすると美波は笑ってしまう。でもそれは人生に対して真正面方から立ち向かっている自分に対する照れ隠し。恋が始まる瞬間がみずみずしい。父と美波・門司の距離感は、よく知らない人に対しても必要以上に警戒するのではなく心をオープンにして接すればうまくいくと訴える。

監督  沖田修一
出演  上白石萌歌/細田佳央太/千葉雄大/古舘寛治/ 斉藤由貴/豊川悦司
ナンバー  148
オススメ度  ★★★*


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ドント・ブリーズ2

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わずかな気配と音で相手の位置と動きを見切り武器を投げ銃を撃つ。盲目とは思えない察知能力と老人とは思えない強靭な肉体を持つ男は、今度は訓練を受けた悪党どもを迎え撃つ。物語は、町はずれの一軒家に少女と2人で暮らす老人の奮闘を描く。老人に育てられた少女は、厳しい訓練でサバイバル術を磨いている。凶悪な男たちを相手にしても怯まずに逃げ、時に反撃する精神力も持っている。それはすべて老人が教え込んだもの。だが、いくらタフに成長してもまだ子供、友達もおらず外出もままならない環境で息が詰まりそうになっている。そして巡ってきた外の世界に出るチャンス。自分はいったい誰なのか、なんのために生かされているのか、少女がアイデンティティに目覚めていく過程は、ねじくれた世界にいざなわれるようだった。

配達人と街に出た少女・フェニックスは怪しげな男に声を掛けられ、尾行される。家に戻ると武装した男たちが侵入し、老人が迎え撃つが、フェニックスは男たちに連れ去られてしまう。

まるで晴眼者のように障害物をよけて歩く老人。とはいえ、元軍人が相手となると、フェニックスを守るというハンディを背負い狩る立場からむしろかられる立場となる。時に逃げ、時に隠れ、勝手知った敷地内で抵抗を続ける。ナイフやハンマーからガスや電気火花まであらゆる小道具を武器にして立ち向かう姿はアイデアに満ちていた。特に瞬間接着剤の使い方は最高! もはやアクション映画に分類されるべきだが、カメラワークや音楽・効果音はあくまでホラータッチにこだわる。その配合は「?」だが、老人の頑強さだけは印象に残る。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

猛犬を助けたことから反撃に転じた老人はフェニックスが拉致されている廃ホテルに乗り込む。悪党のボスはフェニックスの実の父親で、老人は悪名高い元特殊部隊員と知らされたフェニックスはあまりの急転に戸惑い、さらに母親まで登場して事態は混とんとする。理解しがたい人間関係の中、悪党のひとりが良心に目覚めたのは救いだった。

監督  ロド・サヤゲス
出演  スティーブン・ラング/ブレンダン・セクストン3世/マデリン・グレース
ナンバー  147
オススメ度  ★★*


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https://www.donburi-movie.jp/

モロッコ、彼女たちの朝

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死んでしまった夫への思いを封印するために、ずっと音楽を絶っていた。彼が好きだった歌は耳にしたくなかった。だが、カセットテープは捨てられずにいる。強引に聞かされたその歌を、彼女は、最初は拒絶し、徐々に受け入れ、やがて身を浸すように聞き入る。感極まって流すのは涙ではなく一筋の鼻水。もう泣くまいと決めていた彼女の決意が情感たっぷりに再現されていた。物語は、小さなパン屋を営む母子家庭に、未婚の妊婦が転がり込んだことから生まれるささやかな希望を描く。妊婦は行き場がなく大きなおなかを抱えて野宿している。住民はみなふしだらな女と彼女に厳しい。ところがパン屋の娘は妊婦に興味を持ち、妊婦の意外な才能を発見する。まだまだ男社会のイスラム世界、生きる上で女たちが協力し合う姿がけなげで美しい。

故郷を出て職を探すサミアを、アブラは家に泊める。行く当てのないサミアをアブラはしばらく預かることにするが、アブラがおいしい焼き菓子を作ると、飛ぶように売れる。

アブラはいつも、娘のワルダにもサミアにも取引先にも客にも厳しい表情を崩さない。少しでも隙を見せると女というだけで付け入られると思い込んでいるのだろう。それでも、ひとりで出産して赤ちゃんはすぐに養子に出す予定のサミアよりは恵まれている。自分以上に困難な人生を歩むサミアを放っておけなくなり、やがて彼女を妹のように面倒を見るようになる。サミアもその好意に応え働き者の一面を見せる。戒律の緩い大都市とはいえまだまだ女の人権は制限されているが、支え合うことで小さな幸せは手に入るとこの作品は教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

男の子を出産したサミアは、情が移らないに授乳しようとしない。それでも、おっぱいを求めて全力で泣き叫ぶ赤ちゃんを見捨てられない。手、足、頭……まだまだ小さい体のパーツを愛おしむシーンは、母になった喜びと愛情にあふれていた。じっくりとカメラを据えたショットは登場人物の内面に深く浸透し、彼女たちの感情をリアルに掬い上げていた。

監督  マリヤム・トゥザニ
出演  ルブナ・アザバル/ニスリン・エラディ
ナンバー  146
オススメ度  ★★★


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https://longride.jp/morocco-asa/

フリー・ガイ

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判を押したように代わり映えのしない毎日、でもそれが自分の性に合っている。冒険なんてとんでもない、平凡な一日こそが最上の幸せだ。物語は、そんなゲーム世界のモブキャラが自我に目覚め、現実世界とリンクしていくうちに巨大な不正を暴いていく過程を描く。偶然サングラスをつけただけなのに、目に見える景色が一変する。プログラムされていないことはしないはずなのに、魅力的なキャラに惹かれてしまう。取り巻く環境の急展開に最初は戸惑うが、徐々に楽しむようになり、やがて使命感を抱くまでになる。彼の変化は、人生は他人の敷いたレールを進むのではなく、自らの意思と行動力で選択していくものであると教えてくれる。未来は厳しいものかもしれない、だがチャレンジ精神を忘れなければ克服できるのだ。

銀行員のガイは同じ時間に起きて同じ服装で同じコーヒーを飲むのが日課。勤務中に強盗が押し掛けるのにも慣れている。ある日、ガラス越しに見た美女に一目ぼれし、彼女を追いかける。

ガイはゲームの秩序を乱す存在として現実世界のプログラマー・キーズが送り込んだアバターに抹殺されそうになる。だが、このゲームの配信者でもあるキーズは、ガイが自律的に成長していることに気づく。キーズはさらに元同僚のミリーにもアドバイスを受け、ガイが単なるプログラムではなく自分が創造したAIだと確信していく。このあたり、ゲームにはそのクリエイターの世界観が濃密に反映され、普遍性の中にも彼にとっての真実が浮き彫りにされていくプロセスが丁寧に説明される。運命を引き寄せようと闘うガイこそがキーズの理想なのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ガイはミリーのアバターと協力してキーズがゲーム内に隠した秘密を探る。モブキャラの権利を求めるガイの、次々と立ちはだかる障害を一つずつクリアし行く姿は、たとえゲームの中の出来事であってもつい感情移入してしまう。でも、いくら擬人化されていても所詮はプログラム、恋は抱きしめあいキスできる相手を選ぶべきとこの作品は教えてくれる。

監督  ショーン・レビ
出演  ライアン・レイノルズ/ジョディ・カマー/リル・レル・ハウリー/タイカ・ワイティティ/ジョー・キーリー/ウトカルシュ・アンブドゥカル
ナンバー  145
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://www.20thcenturystudios.jp/movie/Freeguy.html

ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結

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殺し屋、ネズミ使い、サメ、軍人etc. それら一芸に秀でた個性的なキャラの中でも圧倒的な存在感を示すヒロイン、今回は長い槍を自在に操り巨大な敵に挑む。物語は、小さな島の独裁国家が密かに進めるエイリアン研究を阻止するために送り込まれた混成部隊の活躍を描く。上陸地点で待ち伏せを食らう。次々と倒れる仲間を尻目に、発砲してくる相手を仕留めていく。戦闘中は何でもあり、敵に対しては容赦なく、まるでゲームを楽しんでいるかのよう。射撃やナイフ、毒矢で絶命させるのはおとなしい方で、顔を吹き飛ばしたり頭から丸かじりしたり体ごと爆発させたりと血肉が弾ける残虐描写にも遠慮がない。それでいてユーモアを漂わせる映像は、殺しの美学すら感じさせる。シルベスター・スタローンの不器用そうな声が渋かった。

長期収監中の極悪犯罪者が集められ決死隊を結成、クーデターが起きた小国に送り込まれる。ハーレイ以外部隊は全滅、彼女はブラッドスポート率いる別動隊に合流して研究所塔を目指す。

研究所にとらわれているのはかつて米国の宇宙飛行士が地球に持ち帰ったエイリアン。政府機関の長官は、エイリアンを生物兵器として利用しようとした過去ごと葬り去ろうとしている。もちろん作戦が成功したら決死隊も抹殺するつもりでいる。ところがハーレイたちの活動を見守っている政府機関の職員は次第に “何が正しいこと” かに目覚め、単なるサポートだけではない感情を抱いていく。個人の犯罪はきちんと責任を取らせようとするのに国家の陰謀はもみ消そうとする長官の判断に毅然とした態度をとる部下たち。まだ民主主義は健在であると彼らの行動は示す。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

一度は捕虜になったハーレイは大統領に気に入られるが、大統領が彼女を怒らせてしまう。その後、吊るされ電撃棒で拷問されても隙を見て脱出を図るハーレイの雄姿は、かつてスクリーンをにぎわせたあらゆる “女ヒーロー” よりも優雅かつしなやか。ぶっ飛んだキャラ以上の戦闘能力の高さは、次回作でも主人公を務めるに違いない。

監督  ジェームズ・ガン
出演  マーゴット・ロビー/イドリス・エルバ/シルベスター・スタローン/デビッド・ダストマルチャン/ダニエラ・メルヒオール/ジョン・シナ/ジョエル・キナマン/ヴィオラデイビス
ナンバー  144
オススメ度  ★★★*


↓公式サイト↓
https://wwws.warnerbros.co.jp/thesuicidesquad/

明日に向かって笑え!

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全財産をだまし取られた上に妻まで死なせてしまった。すっかり生きる意欲をなくし、自分を憐れむようになった。そんな男を、息子の一言が奮い立たせる。物語は、人里離れた藪の中に設えられた地下金庫に隠した大量の現金を盗み出そうとする老若男女グループの奮闘を描く。きっかけは偶然耳にした情報だった。綿密な計画を立て、スパイを送り込み、着実に実行していくはずだった。だが彼らはプロ集団ではない、時として想定外のトラブルに見舞われ頓挫しそうになる。そのたびに弱気になるリーダー格の男に、仲間たちは “正義の鉄槌” を下さなければならない理由を説き、彼の勇気を導き出そうとする。アイデアも展開も1970年代の映画のように古臭く、あっと驚くようなトリックもない。それでも味わい深いキャラクターが映像に奥行きをもたらしていた。

新規事業を始めるフェルミンは出資者から集めた開業資金を銀行に預けるが、翌日、口座が凍結される。弁護士のマンシーがそのカネを横取りしたと知ったフェルミンは出資者を集め、奪還作戦を練る。

マンシーの金庫を見つけるが、異変があるとすぐにマンシーの携帯電話に警報が届く。セキュリティシステムの電源供給と警報の発信パターンを解読した彼らは、偽アラームを頻発させ、マンシーが電源を切るように仕向けていく。21世紀初頭の話だが、ガラケー以外にハイテク機器とは縁がない田舎町、まじめに正直に生きてきたことだけが取り柄の犯行グループメンバーが自らの体を動かして作戦を実行していく姿は、労働者を貴ぶアルゼンチンらしい気風に満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

嵐の夜、変電所を爆破して地域一帯を停電させる当初の予定に沿って、金庫破りは決行される。しかし所詮は素人、あちこちで齟齬が出る。用心深いマンシーは些細な異変に気づきクルマを飛ばして金庫までやってくる。そのあたりも、無用に緊張感を高めるような演出には走らず、あくまで肩の力を抜いた軽さ。最後まで非暴力を貫く彼らのスマートさには、爽快さよりも共感を覚えた。

監督  セバスティアン・ボレンステイン
出演  リカルド・ダリン/ルイス・ブランドーニ/ チノ・ダリン/アンドレス・パラ/ベロニカ・ジナス
ナンバー  143
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
https://gaga.ne.jp/asuniwarae/