こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

テーラー 人生の仕立て屋

f:id:otello:20210910143822j:plain

規則正しペダリング、その速さに合わせて上下する縫い針。足踏み式ミシンが発するリズムはまるで軽やかな音楽を聴いているかのようだ。物語は、老舗テーラーを営む男が女性向けに商売替えをしたことから起きる新たな人間関係を描く。父と2人きりで男性客ばかりを相手にし、恋する時間も機会もなかったのだろう。老眼鏡が必要な年齢になっても妻子はいない。職場も自室もきれいに整えられ、商売柄身だしなみには気を遣う。だが、それが敷居を高くしているのか、単に高級すぎるのか、今や時代遅れの商売になっている。待っていても客は来ない、ならばこちらから出向くまでとばかりに、拾い集めた廃材で屋台を作る。サイズを測り、木を切り、ねじで止める、その器用さには関心。普段針仕事をしている彼の指先の感覚の鋭さが印象的だった。

商売道具を積んだ屋台で市場に出たニコは、まったく売り上げがない状態が続く中、ウェディングドレスの注文を受ける。婦人服は初めてだったが、隣人のお針子・オルガに手伝ってもらう。

寡黙なニコは会話中もほとんど喜怒哀楽を顔に出さない。オルガの娘・ヴィクトリアだけは彼に懐いているが、まじめな堅物というイメージのまま。古き良き時代の名残なのか、客とも素材や仕立てや値段については話をするが、世間話はしない。それでもオルガやヴィクトリアといる間は、少しは心がときめいている。オルガの夫に感づかれ絡まれたりもするが、なんとかやり過ごす。そんなニコの感情表現は抑制が効いている一方、様々なカメラワークがニコの心中を饒舌に代弁し、彼の心に花が咲いていく過程を独特の温かさで再現していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ニコのウェディングドレスは評判を呼び、次々と依頼が来る。同時に屋台で販売していたオルガの作った婦人服も売れ始める。大量製品にはない手作りの1点ものばかり。ギリシアでは職人の思いがこもった服が青空市場で手に入る。客は常に値切り、売り手も相応に値引く。それにしてもウェディングドレスが400ユーロは安すぎないか?

監督     ソニア・リザ・ケンターマン
出演     ディミトリ・イメロス/タミラ・クリエバ/タナシス・パパヨルギウ/スタシス・スタムラカトス/ダフネ・ミチョプールー
ナンバー     162
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://movies.shochiku.co.jp/tailor/

アナザーラウンド

f:id:otello:20210909135741j:plain

職場でも家庭でもどこかぎくしゃくしているのは素面のせいだから? ただ酒を飲みたいだけなのに、無理やり理由をつけて朝からほろ酔い状態になる男たち。物語は、“血中アルコール濃度を0.05%にすると人生が変わる” という論文を信じた高校教諭4人組が、日常生活でその理論を実証していく過程を描く。酩酊しない程度に飲んだ酒は確かに気分を高揚させ、言動も積極的になる。何をやってもうまくいかなかった自分が突然輝きだしたような爽快感に浸れる。だが慣れるにしたがって心も体はさらに強い刺激を欲するようになる。自制の利かない弱さと酒に責任転嫁する狡さ、そんな人間のありのままの姿を丁寧に活写した映像は、愛おしむような優しさに満ちている。なにより、教訓めいたことを押し付けず、あくまで人生を肯定する視点が心地よい。

マーティンは出勤前から顔に出ない程度に酒を飲み、その状態を維持するために学校でも隠れて飲み続ける。すると授業内容が充実し、生徒たちも真剣に話を聞くようになる。

他の3人も同様で、明らかに0.05%効果を実感している。飲酒するだけでなく、トイレで呼気を検査するなど、実験としてもまじめに取り組んでいる様子が笑いを誘う。マーティンは学校だけでなく距離を感じていた妻との仲も修復、0.05%理論を証明する。このあたり、生きるのは酔っぱらうこととでも言いたいような開き直りぶりで、運転して事故を起こしたり暴力沙汰に巻き込まれたりとかいった飲酒に対するネガティブなエピソードが一切ないのが清々しい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

血中アルコール濃度の制限をはずした4人は暴走し始める。家飲みで泥酔し、スーパーで迷惑をかけ、酒場で暴れ、道路で寝込む。教育者がこんなことをして生徒や保護者に見つかったら、日本では職を失う羽目になるだろう。さらに、暴走気味になっても、基本的に自由が尊重されているのか、家族以外は個人の事情に立ち入らない。そのあたりも含めデンマーク人の考える人権は、日本とは根本的に違うと感じた。いい悪いは別にして。。。

監督     トマス・ビンターベア
出演     マッツ・ミケルセン/トマス・ボー・ラーセン/マグナス・ミラン/ラース・ランゼ/マリア・ボネビー
ナンバー     161
オススメ度     ★★★*


↓公式サイト↓
https://anotherround-movie.com/

科捜研の女 劇場版

f:id:otello:20210908102043j:plain

“助けて” と口にして高所から飛び降りた女と男。自殺なのか他殺なのか、彼らの遺体と遺留品を詳細に検分すると奇妙な共通点が見つかるが、それらの点を結ぶ線が見つからない。物語は、2人の死を「事件」として調査する科学者と刑事の活躍を描く。ひとつ謎を解けばまた別の難題が立ちはだかる。強い関連が疑われる最先端技術開発中の科学者は、カルト指導者のような雰囲気をまとい弟子たちの心をコントロールしている。鉄壁のアリバイがあるだけにかえって怪しい。そんな男に挑むヒロインは超絶美人なのに色気は感じられず、年齢を重ねても表情は若々しい。そしてどんな感情も目を大きく見開くだけで表現する。彼女を演じる沢口靖子の存在感には圧倒された。いまだ少女のような清純派ぶりは、もはや吉永小百合の域に達している。

京都でウイルス研究者と細菌学者が相次いで不審死を遂げる。科捜研のマリコは殺人事件の可能性を疑う土門刑事とともに、夢のダイエット薬を開発中の科学者・加賀野に事情聴取する。

犠牲者2人の衣服から同じ成分が検出されたり、死の直前に同じスマホから電話を受けていたり、直前に加賀野と面会していたりしたことから、さらに事件性が増していく。一方、東京・八王子にある研究室では双子を使った人体実験が行われているなど、加賀野はマッドサイエンティストのにおいがプンプンする。こわもての土門が研究室や無菌室に土足でずかずかと入るシーンは、警察権力の横暴を象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

俳優たちの演技は大げさでわかりやすく、セリフもすべて解説調。それらは、TVドラマからのファン向けの「お約束」なのだろう。非理系者というか、視聴者である60歳前後の専業主婦層にもきちんと理解できるような配慮がなされ、予備知識なしでも流れにはついていける。京都八王子間の空間的距離や、協力者が現れるタイミング、見え透いた伏線とどんでん返しといった、「映画作家」なら絶対にやらない演出がてんこ盛りで、こういう映像表現もあるのかと、ある意味楽しめた。

監督     兼崎涼介
出演     沢口靖子/内藤剛志/佐々木蔵之介/若村麻由美/風間トオル/片岡礼子
ナンバー     160
オススメ度     ★★*


↓公式サイト↓
https://kasouken-movie.com/

シャン・チー テン・リングスの伝説

f:id:otello:20210907110839j:plain

2両連結のバスに乗車中、いきなり数人の暴漢に襲われる主人公。運転手は倒れ、暴走する狭い空間で相手の攻撃をかわして蹴りや突きを見舞い、座席を飛び越えポールを利用し瞬く間にザコを片付ける。最後に現れたのは右手が剣の男、内装をぶった切りながら迫って来る。前半の山場ともいうべきスピードとスリル抜群の映像は、全盛期のジャッキー・チェンを思い出させる。物語は、ダークサイドに堕ちた父の暴走を止めるために故国に戻った若者の奮闘を追う。少年時代から鍛え上げられた武術は、父との葛藤で封印していた。だが、妹の身に危険が迫り、戦わざるを得なくなる。そして知った父の秘密と母の思い。拳を交える前に右足で半円を描く、カンフーを基礎にしたアクションは優雅な形式美に満ち溢れ、礼を重んじる東洋的思想が新鮮だった。

相棒のケイティと共にマカオに飛んだシャン・チーは地下格闘技場を仕切る妹・シャーリンと再会、両親が出会った村・ターロウを目指す。動く竹藪の迷路を抜けた先は桃源郷のような村だった。

地下格闘技場で繰り広げられるガチファイトから、竹を組んだビルの足場を使った格闘など、一瞬の気も抜けないほど目まぐるしく展開する。さらにシャン・チーは父とも再会、過去の因縁が再燃する。このあたり、父とシャン・チー兄妹の間にある葛藤に深みがない。まあこの親子にしかわからないねじれた愛憎が絡んでいることはわかるのだが。そしてCGの比率が高まるにつれ、映画は肉体性を失っていき、俳優たちの動きも舞踊のようになっていく。中国的な神秘性を持たせようとする試みは斬新さに欠けていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

村人たちが守ってきた魔界の門が解き放たれた後は、薄っぺらなデジタル創作物のオンパレード。2時間以上の上映時間ずっとテンションを保ち続ける作品のパワーはすさまじいが、登場人物にもう少し奥行きがあればもっと楽しめたはずだ。ただ、ケイティを演じたオークワフィナの小さな体から発散されるパワーには圧倒された。むしろ彼女を主役にしてほしかった。

監督     デスティン・ダニエル・クレットン
出演     シム・リウ/オークワフィナ/メンガー・チャン/フロリアンムンテアヌ/ベネディクト・ウォン/ミシェル・ヨー/トニー・レオン
ナンバー     159
オススメ度     ★★*


↓公式サイト↓
https://marvel.disney.co.jp/movie/shang-chi.html

モンタナの目撃者

f:id:otello:20210906135220j:plain

この少年だけは命に代えても守らなければならない。トラウマを抱えるヒロインは知識と経験を生かして追手と山火事を相手に奮闘する。物語は、陰謀の証拠を握る少年を山中で保護した消防団長が、深い森を逃げながら腕利きの殺し屋を迎え撃つ姿を描く。高度な訓練を受け重武装している上に情け容赦なく暴力を行使できる男たちは、女子供相手でもためらわずに引き金を引く。森の男たちは勇敢だが知略に欠け次々と彼らの餌食になる。一方で、消防団長とサバイバル教室の妊婦という女たちは男たちより数倍冷静に状況を見極め反撃のチャンスを待っている。迫りくる炎は少しの風向きの変化でどう動くかは予測がつかない。フェミニズムにおもねった展開の中、実は無理ゲーを押し付けられている殺し屋たちが切なかった。

監視塔での任務中に落雷に合ったハンナは、ひとりで山中を歩く少年・コナーと出会う。コナーは目の前で父親を惨殺された上、自動小銃を持つ2人組の殺し屋に追われていた。

殺し屋たちはまず保安官のイーサンを訪ね、妻のアリソンから情報を引き出そうとする。アリソンは巧みに脱出するがイーサンは殺し屋に捕まりガイドをさせられる。そして、停電で機器が使えなくなった監視塔を舞台に生き残りをかけた戦いが始まる。ただ、50年前の映画ならばこの流れでも通用するだろうが、もう二転三転させないと現代の映画ファンは満足しないだろう。もっとアクションと仕掛けに工夫がほしかった。それにしても、コナー父子は北米大陸を横断するのに何十時間ドライブしたのだろうか。。。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

山林という自分たちにとってホームでの戦い、ならば地形や風の向き、山火事の炎を利用した戦術があったはず。ヘレンが砂袋を正確に投げたりトラックの荷台で開傘したりという導入部の出来事がまったく伏線として生かされていない原始的な決着の付け方には、開いた口がふさがらなかった。そもそも天候が変わりやすい山で落雷など日常茶飯事のはず、監視塔に備えがないのはいかがなものか。

監督     テイラー・シェリダン
出演     アンジェリーナ・ジョリー/ニコラス・ホルト/フィン・リトル/エイダン・ギレン/メディナ・センゴア/タイラー・ペリー/ジョン・バーンサル
ナンバー     158
オススメ度     ★★


↓公式サイト↓
https://wwws.warnerbros.co.jp/mokugekisha/

劇場版 アーヤと魔女

f:id:otello:20210904092544j:plain

両親がいなくても大丈夫、友達がいっぱいいるから。陰険な里親に引き取られてもポジティブ、魔法を教えてもらえるから。物語は、孤児院に託された赤ちゃんがたくましい少女に成長していく姿を描く。強烈なリーダーシップと押しの強さで、院長先生も助手もコックも仲間の孤児たちも思い通りに動かす。好奇心旺盛で、考える前に行動してしまう。どんな逆境にもめげず、むしろそれをチャンスに変えてしまう。つらいこと、不愉快なことすら楽しんでしまうヒロインの生き方は、まるで世界には悪意を持つ人間などいないかのよう。シーツをかぶってのお化けごっこもしゃべる猫も壁の向こうの不思議な空間も動き出す前のタメも、この作品の対象となる小学校低学年のくらいの子供たちにはワクワクするギミックなのだろう。ただ、大人が見るには少なからず物足りなさを覚えた。

魔女の母に捨てられたアーヤは、孤児院一の活発な少女。ずっと孤児院で暮らしていきたいと思っていたが、ある日訪ねてきた怪しげな男女に気に入られ、魔法の家に引き取られていく。

太った女・ベラが欲しかったのは秘薬づくりの下働き。来る日も来る日も雑用ばかり言いつけられてうんざりしていたアーヤは、報酬として魔法を教えてくれと頼む。拒まれると、しゃべる猫・トーマスの協力を得て独学で秘薬づくりを始める。一方で、気難しい男・マンドレイクの懐に飛び込み、彼からやさしい一面を引き出していく。このあたり、天性のものとはいえアーヤの人たらしぶりはどんな大人もかなわない。自分の思い通りに事を進めたいのなら周囲の人々が喜んで協力してくれるような人間関係を構築すべしと、アーヤは身をもって証明する。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

いつの間にか魔法の家でも主導権を握ったアーヤ。ベラもマンドレイクも彼女の言いなり。少しは苦労もあった。思い通りにいかないときもあった。それでも、こんなに万事うまく運んでは共感が得られないだろう。人心を自在に操る能力を持つアーヤこそ、最強の魔女。本名に込められたのはそういう意味だったのか。。。

監督     宮崎吾朗
出演     平澤宏々路/寺島しのぶ/豊川悦司/濱田岳
ナンバー     156
オススメ度     ★★*


↓公式サイト↓
https://www.aya-and-the-witch.jp/

鳩の撃退法

f:id:otello:20210903131422j:plain

事実なのか創作なのか、原稿用紙につづられた作家の文章は次々と現実になっていく。物語は、地方都市で見聞したことに想像力で肉付けし小説にまとめた男が、迫りくる恐怖と戦う姿を追う。主人公は作家自身、登場人物も場所もすべて実在する。執筆の過程で作家が頭の中で生み出した出来事は、図らずも未解決事件の真相をついている。このままでは次に消されるのは自分かもしれない。得体のしれない組織は暴力をいとわない大きな力を持っている。作家の考えたストーリー通りに小説の世界は動くのに、いつしか暴走し始める。すべてを操る力を持っているはずなのに、いつしかその力の奴隷になってしまっている。偶然それとも運命? そんな作家の苦悩とジレンマは、因果関係に支配された世の中など意外と狭く脆いと教えてくれる。

富山でデリヘルの運転手をしている津田は、深夜のカフェで秀吉に声をかける。その後、秀吉一家は失踪、津田はなじみの古本屋の遺品を受け取る。そのバッグには1万円札で3003万円が入っていた。

カネが偽札だったことから、倉田の組織が動き始める。カフェ、デリヘル、理髪店、チンピラetc. 複雑に絡み合った人間関係に翻弄されながら何とか生き延びるすべを模索する津田。素性がはっきりしている者はほとんどいない。だが、見えている事実と知りえた事実を元にキャラクターを創造していくと必然的に彼らの正体が見えてくる。嘘話を本当らしく語ることを生業にしている津田の鋭い洞察力と豊饒なイマジネーションが、虚実皮膜の感を行き来する感覚を味あわせてくれる。人と人は本人が知らないところで繋がっていたりする。それをうまく生かせるかどうかで、未来は好転する。いや、暗転するかもしれない。津田の行動は、人生とは本人のあずかり知らぬところで動いていると訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、思わせぶりなショットの多用や、伏線回収のためのおさらい映像、さらに津田自身がネタバレ解説するなど、ミステリーの常識を超えた仕掛けの数々は、斬新さよりもこじつけ感を強く覚えた。

監督     タカハタ秀太
出演     藤原竜也/土屋太鳳/風間俊介/西野七瀬/岩松了/村上淳/坂井真紀/ミッキー・カーチス/リリー・フランキー/豊川悦司
ナンバー     155
オススメ度     ★★*


↓公式サイト↓
https://movies.shochiku.co.jp/hatogeki-eiga/