規則正しペダリング、その速さに合わせて上下する縫い針。足踏み式ミシンが発するリズムはまるで軽やかな音楽を聴いているかのようだ。物語は、老舗テーラーを営む男が女性向けに商売替えをしたことから起きる新たな人間関係を描く。父と2人きりで男性客ばかりを相手にし、恋する時間も機会もなかったのだろう。老眼鏡が必要な年齢になっても妻子はいない。職場も自室もきれいに整えられ、商売柄身だしなみには気を遣う。だが、それが敷居を高くしているのか、単に高級すぎるのか、今や時代遅れの商売になっている。待っていても客は来ない、ならばこちらから出向くまでとばかりに、拾い集めた廃材で屋台を作る。サイズを測り、木を切り、ねじで止める、その器用さには関心。普段針仕事をしている彼の指先の感覚の鋭さが印象的だった。
商売道具を積んだ屋台で市場に出たニコは、まったく売り上げがない状態が続く中、ウェディングドレスの注文を受ける。婦人服は初めてだったが、隣人のお針子・オルガに手伝ってもらう。
寡黙なニコは会話中もほとんど喜怒哀楽を顔に出さない。オルガの娘・ヴィクトリアだけは彼に懐いているが、まじめな堅物というイメージのまま。古き良き時代の名残なのか、客とも素材や仕立てや値段については話をするが、世間話はしない。それでもオルガやヴィクトリアといる間は、少しは心がときめいている。オルガの夫に感づかれ絡まれたりもするが、なんとかやり過ごす。そんなニコの感情表現は抑制が効いている一方、様々なカメラワークがニコの心中を饒舌に代弁し、彼の心に花が咲いていく過程を独特の温かさで再現していた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
ニコのウェディングドレスは評判を呼び、次々と依頼が来る。同時に屋台で販売していたオルガの作った婦人服も売れ始める。大量製品にはない手作りの1点ものばかり。ギリシアでは職人の思いがこもった服が青空市場で手に入る。客は常に値切り、売り手も相応に値引く。それにしてもウェディングドレスが400ユーロは安すぎないか?
監督 ソニア・リザ・ケンターマン
出演 ディミトリ・イメロス/タミラ・クリエバ/タナシス・パパヨルギウ/スタシス・スタムラカトス/ダフネ・ミチョプールー
ナンバー 162
オススメ度 ★★★