こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

COME & GO カム・アンド・ゴー

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巨大な繁華街の中心部から歩いて10分ほどしか離れていないのに、そこはきらびやかな消費とはあまり縁のない人間しかいない。古くからの地元民、地方から流れてきた日本人、出稼ぎにきたアジア人、観光の中国人etc. さまざまなバックグラウンドを持つ人々が交差するのみ。彼らの動線は時に交わり時にすれ違うが、互いの人生には深く立ち入ってはいけないという暗黙の了解でもあるのか、そこから深い物語は生まれない。カメラは、大阪・梅田の辺縁地域で、多国籍の多人種の人々をスケッチする。混在する言語宗教は、グローバル化の進んだ都市部での格差が、日本人のみならずそこに暮らす外国人の間でも確実に広がっていることを象徴する。

バイトを掛け持ちしするミャンマー人語学学校生、観光気分の韓国ギャル、郷土料理のレストランを出したいネパール人コック見習い。就労目的の外国人はみなカネのことしか頭にない。中華系の人々はIT化の遅れた日本にあきれながらもAV女優の質の高さにあこがれている。地元に根を張る日本人も様々な悩みを抱えている。

老女の白骨遺体が発見された日から事件解決のめどが立つまでの数日間を追うのだが、浮き彫りにされるのは貧困だ。特にそこだけにスポットを当てているわけではないが、元号が変わる直前のまだコロナに侵されていな時代でも、やっぱり食い物にされているのは弱者。特に、マユミという若い女は強引にAVに出演させられるなど性差別の被害者なのかと思っていたが、出会い喫茶やキャバクラなど彼女自身も “女” を売り物にしている。それを自己責任と責めるのは少し酷か。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

マレーシア人ビジネスマンは洗練された物腰を崩さない。案内役の女性随行員にもキャバ嬢にも泥酔したマユミにもあくまで紳士的。ささやかな祈りからがめつい願い事まで、セクハラから窃盗・殺人まで、人間の赤裸々な欲望が渦を巻く街で、このマレーシア人の清廉さだけが印象的だった。堕落した自由世界には、少しはイスラム的な戒律があった方がいいのだろうか?

監督     リム・カーワイ
出演     リー・カンション/リエン・ビン・ファット/ J・C・チー/千原せいじ/渡辺真起子/兎丸愛美/桂雀々/尚玄
ナンバー     175
オススメ度     ★★★*


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https://www.reallylikefilms.com/comeandgo

空白

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オレは間違っていない。客観的な証拠を提示されても頑固に耳を閉ざし、己が信じている “真実” だけを武器に男は暴走する。根拠なんかない。プライドを保つためには他人を傷つけ続けるしかない。そんな主人公を古田新太が熱演、偏執的なまでの怒りを噴出させていた。物語は、交通事故で娘を失った男の妄執を描く。窃盗を働いた少女が店長に追いかけられた。クルマの陰から道路に飛び出したのは少女だった。運悪く乗用車にはねられた上にダンプに轢かれた。大半の原因は少女にある。だが事故の遠因が自分にあると気付いていた男は、それを認めたくなくて店長を追い詰めていく。人間の業と心の弱さ、興味本位のマスコミと世間、対応策のない学校。誰も悪意はないのに誰もが不快な思いをする。そんな重苦しい空気がリアルに再現されていた。

損傷の激しい花音の遺体を見た充は、彼女は万引きをしていないと決めつけ、スーパーの店長・直人に付きまとう。直人が土下座して謝っても許さず、言葉尻をとらえては非難を繰り返す。

スーパーは客が減る一方、充のふるまいは批判される。ワイドショーもネットも2人が人生から転落していく様子を楽しんでいる。学校でもいじめがあったと言い張る充は担任や教頭の前でも威嚇的な態度をとり続け、生徒に聞き取り調査しろと要求する。もちろんいじめはなかったという結論は受け付けない。追い詰められた教頭は直人の個人情報を提供する。充の矛先が直人に向くように仕向ける教頭は、中学校の無責任体質を象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

自殺に追い込まれたドライバーの葬儀で、故人の母・緑は充と正面から向き合う。絶対に謝らないぞと息巻く充に対し、娘は弱い人間だったといって充に頭を下げる緑。充に言いたいことは山ほどあったはず。恨みがましいセリフの一つも口にしたかっただろう。ところが緑は一切充を責めず、心とは反対の言葉を充にかける。直人の気持ちを追体験させるうんざりするほど気がめいる映像の中で、緑の行動は大いなる救いをもたらしてくれた。

監督     吉田恵輔
出演     古田新太/松坂桃李/田畑智子/藤原季節/趣里/伊東蒼/片岡礼子/寺島しのぶ
ナンバー     191
オススメ度     ★★★★


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https://kuhaku-movie.com

キャンディマン

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こちら側に本体はいないのに、鏡の中では不気味な影が動いている。鏡像の中で襲われると、自分の体が切り刻まれている。物語は、その名を5回呼ぶと現れるという殺人鬼が現代によみがえり、人々を惨殺していく過程を描く。子供にキャンディをあげようとして警官に嬲り殺しにされたからか、復活後は圧倒的なパワーで警官を殺していく。過去の新聞記事では女と火事にも関係している。だが、根本にあるのは人種差別と格差、そして権力や己を見下したものに対する怨嗟。100年以上前から続くさまざまな怒りや恨み、悲しみや屈辱が積み重なり混ぜ合わさり悪意の塊となって人間にとりついていく様は、真綿で首を締めるような息苦しさだ。急なショットの転換やショッキングな効果音に頼らず、血の滴りや見開いた眼で恐怖を伝える映像がスタイリッシュだった。

新作のアイデアに困っていたとき、偶然耳にしたキャンディマン伝説をテーマに取材を始めるアンソニー。閉鎖された住宅地で、かつてキャンディマンに遭遇したウィリアムから詳しい話を聞く。

蜂に刺された傷が爛れ、腕全体に広がっていくアンソニー。同時に幻覚も見るようになる。個展で彼の自信作を見た客や関係者がキャンディマンの名を唱え、次々とフックで命を落としていく。ところがアンソニー自身はキャンディマンに決して襲われることはない。高層アパートのたくさんある窓のひとつの中で、インタビューを終えた批評家が血祭りにあげられるシーンは非常にユニークで、殺人事件などこの世の中にはありふれた出来事であることを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

アンソニーはその後も町の過去や言い伝えを調べ、キャンディマンは何年かおきに現れてはその時代の誰かにとりつき事件を起こしていた事実を知る。そして、今回彼に選ばれたのはほかならぬアンソニー自身。殺人鬼に追い回される恐怖よりも、意思に反して自分が殺人鬼になってしまう恐怖。アンソニーがー体験する戸惑いや不信、そして絶望がイマジネーション豊かに再現されていた。

監督     ニア・ダコスタ
出演     ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世/テヨナ・パリス/ネイサン・スチュアート=ジャレット/コールマン・ドミンゴ
ナンバー     190
オススメ度     ★★★


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https://www.universalpictures.jp/micro/candyman

最後の決闘裁判

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共に戦場を駆け回った友だった。信頼で結ばれていると疑わなかった。だが、美しい妻を汚されてしまった。物語は、妻をレイプされたと訴えた騎士が、無罪を主張する被告と決闘で真実を決める過程を描く。何があったかを知るのは当事者だけ、だがまだまだ女の権利が制限されていた時代、有力者の庇護がある被告の証言は有利に働く。法廷で根掘り葉掘り性生活を聞かれた妻は、それでも毅然とした態度を崩さない。同時に夫のプライドのために己の命まで賭ける羽目になった矛盾にも怒りを露わにする。それらのゴタゴタすべてを、王や貴族・民衆が娯楽を楽しむかのようににやにやしながら見ているのが印象的だった。神の意思が決闘の勝敗を決め判決となる、いかにも中世カトリック的な司法システムが驚きだった。

14世紀末、ジャンの出張中、ひとりで屋敷にいたマルグリットは、訪ねてきたジャックに襲われる。マルグリットはジャンに打ち明け、ジャンは密かにジャックを追い詰める算段をする。

地元の領主・ピエールに気に入られ、徴税吏として才覚を見せるジャック。戦場では勇敢なジャンは平時の農園を経営には向かず、台所は火の車。ピエールにも嫌われていてさまざまな仕打ちを受け、怒りは沸点に近づいている。レイプ事件は積年の恨みが爆発するきっかけ、もはや勝利か死かの二択に追い込まれたジャンの、封建社会における中途半端な地位が、後ろ盾のない “中間管理職” のつらさを象徴していた。一方で、マルグリットを嫌っている姑がこの事件に一枚かんでいるような気もするが。。。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

法廷では決着がつかない。ジャンとジャックは満員の闘技場で、重い甲冑を身にまとい長槍を持ち馬にまたがって真正面から相対する。鎧と槍が激突し打撃を受けても何度も突撃を繰り返し、馬が倒れたのちは剣や斧、ナイフを手に、相手が死ぬまで攻撃の手を緩めない。飛び道具を使わず、己の技量と体力・精神力だけで戦うシーンは圧倒的な迫力で、名誉のために命を懸ける男たちの強靭な精神を再現していた。

監督     リドリー・スコット
出演     マット・デイモン/アダム・ドライバー/ジョディ・カマー/ベン・アフレック/ハリエット・ウォルター/アレックス・ロウザー
ナンバー     188
オススメ度     ★★★★


↓公式サイト↓
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/kettosaiban

燃えよ剣

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百姓が武士を気取っているだけだった。人を木刀や竹刀で殴ったことはあっても斬ったことはなかった。そもそも刀は所有できなかった。物語は武家社会の箍が緩んだ幕末、歴史の表舞台に飛び出した若者の活躍を描く。古い価値観や身分制度はもう通用しない。今こそ社会を根底から変える絶好のチャンス。その波に乗り遅れまいと必死で走り続け、暴力で敵対者を圧倒していく。時に謀略を用いた内ゲバもあった。親友と思っていた男の変節も経験した。だが、おのれの信じる道が否定され、狩る側から狩られる側に落ちぶれても、刀を置くことはない。逃げながらも抵抗を続ける主人公の固い信念。その姿は、生き残るよりもいかに死ぬかを模索しているかのようだった。明かりはろうそくだけ、夜の暗さを実感させる映像は少し見づらい分リアルだった。

江戸近くの農村で武芸を磨いた土方は、同郷の近藤、沖田とともに京に上り、新選組に参加する。芹沢一派を粛清後、近藤が局長、土方は副長に収まり倒幕派への襲撃を繰り返す。

幕府と朝廷の対立を軸に、薩摩長州土佐等様々な勢力が合従連衡を繰り返していた京都の町。新選組内部でも派閥争いが頻発している。新しい考え方はすぐ古くなる。昨日の敵は今日の味方、今日の味方は明日には敵になっているかもしれない。傷の手当てをきっかけに知り合い、愛し合うようになった未亡人の絵師・お雪にすらスパイの容疑がかけられる。そんな状況で土方は先を見据えて先手を打っていく。忠義やら奉公やらといった武士道とは一線を画した、未来を自分の手で切り開いていくという気概が気高く再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

土方はあくまで新選組の職務をまっとうすることに力を注ぎ、どんな世の中を目指すとかいった理想を語ったりはしない。ただただ動乱の時代の先頭を走り、命のやり取りが楽しくて仕方がなかったのだろう。敗走を続けても投降はしない。お雪を道連れにしたりはしない。そんな土方の短い生涯には、「明日に向かって撃て!」に似たカタルシスを覚えた。

監督     原田眞人
出演     岡田准一/柴咲コウ/鈴木亮平/山田涼介/尾上右近/宮部鼎蔵/高嶋政宏/柄本明/市村正親/伊藤英明
ナンバー     187
オススメ度     ★★★*


↓公式サイト↓
http://moeyoken-movie.com/

DUNE デューン 砂の惑星

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昼間は日差しが強く土埃が舞う。夜は大小ふたつの月が天に浮かぶ。水はほとんどなく、巨大な人食い生物が砂の海を自在に泳ぐ。物語は、過酷な自然環境の惑星を統治するために送り込まれた一族が壮大な陰謀に巻き込まれ、父の遺志を継いだ息子が戦う決意を固めるまでを描く。突然の改易には裏がある。罠と知ってなお断れない。最高権力者への忠誠を試されると同時に、ライバルの思うつぼにはまる。そんな父を目の当たりにして、息子は運命から逃げようとするが、受け継いだ血がそれを許さない。8000年以上も先の話なのに、いまだカネや権力を巡って殺し合いを繰り広げている。精神性は現代よりむしろ退化している敵役が人間臭かった。土色と無彩色に支配された世界で唯一輝きを放つ砂漠の先住民の青い目が、彼らの強固な意志を象徴していた。

貴重なスパイスを産出する惑星・アキラスの統治者となったアトレイデス家はハルコンネン軍の奇襲を受ける。当主が暗殺されジェシカとポール母子は捕らえられるが、敵の心を操って危機を脱する。

アキラスの砂漠と都市は壮大なスケールで再現され、気候に恵まれた地域に住む快適さを再認識させてくれる。特に防護スーツは外気から身を守るだけでなく、体内から出た水分を再利用できる優れもの。トンボ型飛行機はエネルギー効率が悪そうだがこの星の気候に適応しているのだろう。防御シールドはポータブルで使いやすい。女系に伝わる秘技をポールが体得しているなどジェンダーフリーを意識した設定も忘れていない。一方で通信手段は原始的。“すごい” と “たいしたことない” が混在する未来、その圧倒的なビジュアルにしばし心を奪われた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

アキラスの先住民・フレメンの元に亡命したジェシカとポール。ポールは彼らから救世主と期待され、何度も予知夢に出てきた女・チャニとも出会う。高貴な身分の若者がすべてを失い、放浪の中で成長し大きな成果を上げるという展開は予想できるが、母との密着度の高さはまだ明かされていない謎を期待させる。

監督     ドゥニ・ビルヌーブ
出演     ティモシー・シャラメ/レベッカ・ファーガソン/ オスカー・アイザック/ジョシュ・ブローリン/ステラン・スカルスガルド/ゼンデイヤ/シャーロット・ランプリング/ジェイソン・モモア/ハビエル・バルデム/チャン・チェン/シャロン・ダンカン=ブルースター
ナンバー     186
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://wwws.warnerbros.co.jp/dune-movie/

草の響き

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都会での激務に疲れ果て、心を病んで故郷に戻った夫。夫を支えるために見知らぬ土地までついてきた妻。夫は己の体調しか頭にない。妻は心配しながらもうんざりし始めている。物語は、そんな若い夫婦間に起きる些細な感情の齟齬を描く。夫は、狂ったように走るのは狂わないためという。妻は、夫の回復を喜んではいるものの、自分に対して気遣いを見せない彼に不満を募らせていく。毎日外に出る夫は地元の若者と知り合ったりもするが、妻の寂しさを癒してくれるのはペットの犬しかいない。外見は健康なのにちょっとしたきっかけでネガティブ思考に支配され錯乱するかもしれない男を、東出昌大が繊細に演じる。そして、小さな町で人間関係を築けない東京出身の妻が抱えるストレスを、奈緒がリアルに再現していた。

自律神経失調症と診断されるが、服薬と日々欠かさずのランニングで心身ともに回復させていく和雄。ランニングルートの駐車場でスケボーの練習をする高校生、彰と弘斗と知り合う。

会社を辞めて職を探すが、食堂の洗い場くらいしか働き口はない。それでも人とかかわらずに済む分、和雄の心理的負担は軽く笑顔も戻っていく。妻の純子は、元気になったのなら少しは家事の手伝いや妊婦に対する優しさを見せてほしいと思っているが、また和雄が不調になるのを恐れなかなか口に出せない。表面だってケンカしているわけではない。友人が訪ねてくると仲のいい夫婦に見えるよう振舞ってはいる。それでも本心では埋めがたい隙間が生じているのを感じている。そのあたり、純子のおなかが膨らむにつれ家の中の空気が少しずつ刺々しくなる過程が息苦しいほどの緊迫感を醸し出していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

高校を中退するという弘斗に対し、彰はバスケ部員とのトラブルを黙っている。お互いたったひとりの友人なのに、本心までは話せず不器用な距離感を縮められない。和雄と純子、彰と弘斗。彼らの人間関係は、どれほど一緒の時間を過ごそうとも所詮は他人、愛や友情など絵空事に過ぎないと教えてくれる。
監督     斎藤久志
出演     東出昌大/奈緒/大東駿介/Kaya/林裕太/三根有葵/室井滋
ナンバー     185
オススメ度     ★★*


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https://www.kusanohibiki.com/