こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ボクたちはみんな大人になれなかった

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出会いは文通だった。音楽の趣味が合い手紙が届くのが待ち遠しかった。そして初めてのデート。「WAVE」の袋を目印に待ち合わせるふたりが初々しい。物語は、忙殺される毎日を送るうちにすっかり中年になった男のほろ苦い回想を描く。本気で作家を目指した時期もあったけれど、気のきいた文章が書けなかった。彼女の “大丈夫だよ” という言葉を糧にキーボードに向かうがすぐに集中力は切れる。結局単価の安い流れ仕事を大量にこなすことで食いつないできた。夢なんかとっくにあきらめた。そもそもなかったのかもしれない。恋人たちは去っていった。友人たちとも疎遠になった。あるのは青春の残滓のような記憶ばかり。後悔しているわけではないけれど、普通にしか生きられなかったふがいなさが主人公の背中に張り付いていた。

2000年の正月、かおりと別れた佐藤は、その後パッとしない人生が続く。パーティで知り合った女に「子供のころ今の自分になりたいと思った?」と問われても答えは出ない。

2020年を起点に佐藤をめぐるエピソードは時をさかのぼっていく。21世紀になってからの佐藤は社会人としてそれなりに実績を上げていたのだろう。婚約者に去られるほど仕事に追いかけられ、気づけばひとりになっている。通信手段がスマホからガラケーそしてポケベル・公衆電話さらに手紙と逆行していく過程は、便利さと引き換えに人間が失っていったものを教えてくれる。いきなりかおりに呼び出された佐藤は、たまった注文を全部同僚に任せて目的地のないドライブに出かける。「どこに行くかじゃなくて誰と行くかなんだよ」とかおりは言う。まだおぼろげな将来像しか見えない若者の葛藤と逡巡、だがそれすら美しい思い出に変える人間の心理がリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

コロナ禍で閉塞的な空気が漂う夜、佐藤は古い友人と再会する。普通でない彼は絶望し、普通の佐藤はなんとか生きている。普通を否定しないけれど、どこかではみ出していたかった。佐藤のつぶやきは、それでも人生は普通に続くと訴えていた。

監督     森義仁
出演     森山未來/伊藤沙莉/東出昌大/SUMIRE/篠原篤/萩原聖人
ナンバー     204
オススメ度     ★★★


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https://www.bokutachiha.jp/

リスペクト

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父は大好きだった。でも束縛されるのは嫌だった。当てつけに父の反対を押し切って結婚したけれど、夫は父以上に彼女を支配下に置こうとした。このままでは魂が死んでしまう。。。物語は、天才的な歌声で20世紀米国黒人音楽の頂点に君臨した女の半生を描く。幼いころから人前で美声を披露し聴衆を魅了してきた。聖職者である父のスピーチに同行し、信者の前で歌うのは神の祝福を一身に受けているようで誇らしく思えた。だが、成長後大都会に出てプロの歌手になると、男たちの様々な思惑に振り回される。センスは抜群なのに、目指すべき歌の道が見つからない。試行錯誤を繰り返すうちに、実生活での葛藤こそがテーマと見定める。“黒人” で “女性” という二重に抑圧されたヒロインが自由への渇望を高らかに歌い上げるシーンには圧倒された。

スカウトされてNYのレコード会社と契約したアレサは、なかなかヒット曲に恵まれず悶々とした日々を送っていた。ある日、先輩歌手から自分のスタイルを確立させろとアドバイスされる。

父はキング牧師の支持者でもあり、アレサも人種問題について思うところがある。一方、夫となったテッドは極端な反差別主義者で、白人プロデューサーとのちょっとした言葉尻を曲解しては難癖をつける。むしろ黒人の立場を利用して白人を食い物にする意図が透けて見える。差別されてきたことを武器にリベラルな白人に対して有利な条件を勝ち取ろうとする戦術なのだろうが、これでは長続きしないだろう。このあたりの人種差別問題の複雑さが印象的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

テッドはアレサに暴力を振るうようになり彼女の家を追い出される。そのころからアレサの孤独は深まり、アルコールが手放せなくなってバックコーラスを務める姉妹にまで傲慢な態度をとったりする。白人のメイドをこき使っているのも、彼女の白人に対する意趣返しなのか。そんな、歌手としての道のりだけでなくプライベートの毀誉褒貶にまで踏み込んだ脚本は、彼女の歌の意味をより深く理解させてくれた。

監督     リーズル・トミー
出演     ジェニファー・ハドソン/フォレスト・ウィテカー/マーロン・ウェイアンズ/オードラ・マクドナルド/マーク・マロン/スカイ・ダコタ・ターナー/メアリー・J・ブライジ
ナンバー     203
オススメ度     ★★★


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https://gaga.ne.jp/respect/

アンテベラム 

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広場には米国南北戦争時の南軍旗、メイド服を着た黒人女たちが真っ白なシーツを干している。畑では兵士に監視されながら黒人たちが黙々と綿花を摘んでいる。脱走を試みた黒人はなぶり殺しにされ焼却炉で処分される。白人兵たちの黒人への目を覆うような仕打ち。物語は、自由を奪われ強制労働させられる女と、人権派人気作家の運命を描く。労働中の私語は厳禁、破った者は有無を言わさず殴られる。南軍の祝勝会では、兵士たちは気に入った黒人女に夜の相手をさせる。黒人たちに人間としての尊厳は一切認められず、白人兵に命令されるがまま従うしかない。時に理不尽な暴力にさらされ命を失う者もいる。米国にかつて存在した悪夢のような制度を再現した映像は、黒人奴隷たちひとりひとりにも人生があったことを思い出させてくれる。

新たにプランテーションへ送り込まれたエデンは、将校服を着た白人に暴行された上に背中に烙印を押される。しばらくおとなしくしていたエデンだったが、密かに脱出のチャンスをうかがっていた。

スマホの着信音で目覚めたヴェロニカは人種問題を批判する新作も好評で、支持者からは圧倒的な賛辞を受ける。一方で意地悪そうな白人の取材を受けたりするが、嫌味な発言には慣れっこなのか軽く受け流す。講演旅行で訪れたホテルのコンシェルジュやレストランのウエイトレスなど、まだまだ黒人に対して明らかに見下した態度をとるが、21世紀になってもいまだにこういう人々が生き残っていることに驚きを隠せない。遠回しな嫌がらせではなくわかりやすい差別。ヴェロニカの友人の太った黒人が反論する姿は、偏見はひとつずつ指摘しなければ改まらないと教えてくれる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて、エデンとヴェロニカの関係が明らかになっていくが、それはM・ナイト・シャマランも真っ青の大どんでん返し。ただ、その設定はかなり無理があり、してやられたというより悪趣味な感じしか受けなかった。いかに偏執狂でも、あそこまで手間暇かけてコスプレをするのはリアリティに欠ける。

監督     ジェラルド・ブッシュ/クリストファー・レンツ
出演     ジャネール・モネイ/エリック・ラング/ジェナ・マローン/ジャック・ヒューストン/カーシー・クレモンズ/ガボリー・シディベ
ナンバー     202
オススメ度     ★★


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https://antebellum-movie.jp/

エターナルズ

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人類に知恵と文明を与え、その進歩を見守ってきた。その結果、人類が戦争と殺戮を繰り返しても、介入は許されずただ傍観するだけ。物語は、宇宙由来の能力者たちの葛藤を描く。人類を邪悪な怪物から守るためにだけ闘ってきた。怪物の絶滅で存在価値はなくなりチームは解散、一市民として社会に溶け込んでいる。しかし、数百年ぶりに怪物がよみがえると再びメンバーが集結する。ところが、強力なリーダーは不在で、新しいリーダーは力不足、個性豊かなメンバーを統率できないままさらなる危機が襲ってくる。人類に対しては神のように振舞ってきてその自覚もあったのに、突然知ってしまった衝撃の真実。自分たちはいったい何者なのかとアイデンティティクライシスに陥るヒーローたちの苦悩が新鮮だ。

死滅したはずのディヴィアンツがロンドンに現れ、セルシ、イカルス、スプライトの3人が撃退する。彼らは世界各地に散らばったエターナルズを招集するためリーダーのエイジャックを訪ねる。

エイジャックは死体で見つかり、セルシがリーダーを継ぐが、彼女の能力ではディヴィアンツに対抗できない。戦闘能力にたけたイカルスはセルシのために命を張るが、元恋人同士ということもあり微妙な距離感。そんな関係のまま世界に散らばった残りのメンバーを説得して回る。その間もディヴィアンツの襲撃を受けるが、CGが踊りまわっているという感じ。ディテール豊かに描き込まれるほど、その情報量の多さがかえってリアリティを損なっているという逆説的な映像になっている。筋肉男の “口噛み酒” はいくら美味でもやっぱり遠慮したい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

生き残った8人のエターナルズはディヴィアンツとの最終決戦の前に、自分たちを作った存在からの声を聴く。超人と呼ぶべきパワーを持つ彼らもさらに上の階層の手駒でしかない。より良い宇宙のために人類を犠牲にすべきか、それとも人類を守るべきか。性別・人種・性的指向・障害者etc. 多様性に満ちたメンバー構成もまた、答えのない問いを発していた。

監督     クロエ・ジャオ
出演     ジェンマ・チャン/リチャード・マッデン/アンジェリーナ・ジョリー/サルマ・ハエック/クメイル・ナンジアニ/リア・マクヒュー/ブライアン・タイリー・ヘンリー/ローレン・リドロフ/バリー・コーガン/マ・ドンソク
ナンバー     201
オススメ度     ★★*


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https://marvel.disney.co.jp/

ハロウィン KILLS

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子供たちがはしゃぎ大人たちはお祭り騒ぎの夜、その男はどこからともなく現れ、無差別に無慈悲に彼らを切り裂いていく。物語は、地獄の炎の中から復活した連続殺人鬼と戦う人々の人間模様を描く。ナイフで切り付けても突き刺しても怯まない。銃弾を何発ぶち込んでも死なない。元は不幸な生い立ちの少年だったのだろう。だが、自分を取り巻く環境への恨みが、彼を純粋な邪悪に育て上げ不死身の怪物にしてしまった。その恐怖は伝説となり、住人の記憶に深く染みついている。もはや和解も更生もない。怒りと憎悪をぶつけ合う過程は、暴力をふるう者には多数が協力して腕力で押さえつけるしかないと訴える。マスクの下の表情が読めない大男は、圧倒的な経済力で世界の市場と政治的秩序を乱し続ける中国のメタファーなのだろうか。

炎のトラップにブギーマンを追い込んだローリーは、火事現場で消防隊が全員惨殺され、ブギーマンが逃走したと知る。ブギーマンは自宅に戻る道中で出会った市民を見境なく血祭りにあげていく。

町では住民が病院に立てこもり、ブギーマン捜索隊が組織される。ところが、素人が手にする武器などブギーマンにはまったく通用せず、ひとりまたひとりと返り討ちにあう。ブギーマンは特に身体能力に優れているわけでもなく、ナイフを相手の体に突き立てるだけ。特に音響や音楽で驚かすわけでもなく、淡々と殺し続けるブギーマンの姿は孤独や絶望といった感情すら感じさせず、理解の範疇を越えた存在故の崇高さがうかがえた。濡れ衣の男を追い詰める群集心理の方がよほど恐ろしい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて捜索隊に包囲されたブギーマンは袋叩きにされる。殴られ蹴られ地面にはいつくばってもなお踏みつけられるブギーマン。集団リンチしたうえで死刑にしたい捜索隊の気持ちもわかる。それでも、憎しみに駆られた群衆がたったひとりをなぶり殺しにしようとする画はあまり愉快にはならない。まあ、ブギーマンはこの程度ではくたばらないことが明快だから、奇妙な安心感はあったが。

監督     デビッド・ゴードン・グリーン
出演     ジェイミー・リー・カーティス/ジュディ・グリア/アンディ・マティチャック/ジェームズ・ジュード・コートニー/アンソニー・マイケル・ホール
ナンバー     200
オススメ度     ★★*


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https://halloween-movie.jp/

モーリタニアン 黒塗りの記録

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テロリストの親玉から1度電話を受けただけ。敵意と不寛容がむき出しの時代、圧倒的な権力によって自由も人権も奪われた男は、もはや魂の抜け殻のようになっている。そして誰も信じられない中で、一縷の望みを弁護士に託す。物語は、同時多発テロを起こした組織の幹部と疑われて逮捕された青年の十数年に渡る苦難を描く。時に寒すぎる部屋で睡眠を奪われ、昼間は露天の囲いの中で暑さを我慢しなければならない。さらに目をそむけたくなるような拷問の数々。一方で、良心に基づいて彼を助けようとする弁護士もいる。彼の無罪を証明する手段は乏しい、しかし、検察側にも決定的な証拠がない。弁護士と軍検察官それぞれの立場で己の信じる「正義」を主張する姿は、米国にはまだ自由を信じ守り抜こうとする信念の人々がいることを教えてくれる。

ハイジャック実行犯をリクルートした容疑でグアンタナモに収容されているスラヒの弁護を引き受けたナンシー。関係当局に資料を請求しても黒塗りの文書が返ってくるだけだった。

奨学金を得てモーリタニアからドイツに留学の経験があるスラヒ。英語はしゃべれなかったのに、看守との会話や尋問中に浴びせられた言葉からいつしか身に着けている。さらにナンシーに長文の手紙を書くなど、書き言葉までマスターしている。隣房のフランス人の助言とはいえ、敵の言葉と考え方を理解しようとし、なんとかチャンスを探るスラヒ。英語の習得は彼に生きる目的を与えたはず。絶望的な状況下でも、すべきことを見つければ、人間としての尊厳は守れると彼の行為は訴えていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

軍検察官のスチュアートはスラヒを有罪にしろと厳命を受けている。ところが、彼もまた調査を進めるうちに真実が隠蔽されていると気付く。確かに米国の司法制度もまだまだ問題は多い、だが、過去をきちんと検証し間違いは正していく自浄作用がある分、米国はまだ恵まれていると感じた。拷問の中に「強制性交」があったが、そんなことをしたがる女性兵士もいるのが驚きだった。

監督     ケビン・マクドナルド
出演     ジョディ・フォスター/タハール・ラヒム/ム ザカリー・リーバイ/シャイリーン・ウッドリー/ベネディクト・カンバーバッチ
ナンバー     199
オススメ度     ★★★*


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https://kuronuri-movie.com/

老後の資金がありません!

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きっかけは義父の死。葬儀代の支払いを押し付けられた上、金銭感覚がまったく違う義母を引き取り、さらに娘は豪華な結婚式を挙げると言い出す。非正規雇用でがんばってやりくりして貯めた預金700万円が見る見るうちに目減りしていく。物語は、夫婦子供2人の平凡な4人家族の主婦が、老後資金という毒語に惑わされ振り回される姿を描く。夫は万事頼りにならない。息子は不満を垂れるだけ。娘は自分勝手。そしてやってきた義母はセレブ気分が抜けきらない。底のすり減ったバッグを捨てられず夕食は豚もやし鍋、パートにヨガに駆けずり回りながら節約に勤しむヒロインを天海祐希がはつらつと演じる。親の面倒と自分たちの老後、年金と失業と低賃金etc. 日本社会の “今そこにある危機” をリアルに再現しては気が滅入るだけ、コミカルな演出に徹したおかげでピンチはチャンスと希望が持てた。

義父のために立派な葬式を挙げるが参列者はほとんどおらず香典も少ない。結局400万円近い出費を強いられた篤子は、月9万円の仕送りを節約するために義母との同居を提案する。

かつて裕福な暮らしをしていたのか、篤子とはまったく価値観が違う義母は金遣いが荒くカード会社から督促状が来る羽目に。それでも反省の色はなく篤子のストレスは膨らむばかり。娘の婚約者の両親が持参した結納金が予想通りのオチになるあたりもう少しひねりを聞かせてほしいところだが、あまり複雑にしてもこの作品の対象となる世代には難しいのだろう。ベンツ持ちの妹夫婦がケチだったり、結婚した娘が遠慮なく食料を持ち帰ろうとしたり、老親の年金を不正受給しようとしたり、パート主婦にとっての「あるある」エピソードの連発は適度にデフォルメされていて楽しい。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

知人の老父に襲われたのをきっかけに仲良くなる篤子と義母だったが、義母が今度は生前葬をすると言い出す。カネのことでいっぱいの篤子の思考回路には少しうんざりしたが、この作品で提示された老後の選択肢はどれも身につまされるものばかりだった。

監督     前田哲
出演     天海祐希/松重豊/新川優愛/瀬戸利樹/加藤諒/柴田理恵/石井正則/若村麻由美/高橋メアリージュン/レイナ高橋メアリージュン/草笛光子
ナンバー     198
オススメ度     ★★*


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https://rougo-noshikin.jp/