こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ボクたちはみんな大人になれなかった

f:id:otello:20211111142306j:plain

出会いは文通だった。音楽の趣味が合い手紙が届くのが待ち遠しかった。そして初めてのデート。「WAVE」の袋を目印に待ち合わせるふたりが初々しい。物語は、忙殺される毎日を送るうちにすっかり中年になった男のほろ苦い回想を描く。本気で作家を目指した時期もあったけれど、気のきいた文章が書けなかった。彼女の “大丈夫だよ” という言葉を糧にキーボードに向かうがすぐに集中力は切れる。結局単価の安い流れ仕事を大量にこなすことで食いつないできた。夢なんかとっくにあきらめた。そもそもなかったのかもしれない。恋人たちは去っていった。友人たちとも疎遠になった。あるのは青春の残滓のような記憶ばかり。後悔しているわけではないけれど、普通にしか生きられなかったふがいなさが主人公の背中に張り付いていた。

2000年の正月、かおりと別れた佐藤は、その後パッとしない人生が続く。パーティで知り合った女に「子供のころ今の自分になりたいと思った?」と問われても答えは出ない。

2020年を起点に佐藤をめぐるエピソードは時をさかのぼっていく。21世紀になってからの佐藤は社会人としてそれなりに実績を上げていたのだろう。婚約者に去られるほど仕事に追いかけられ、気づけばひとりになっている。通信手段がスマホからガラケーそしてポケベル・公衆電話さらに手紙と逆行していく過程は、便利さと引き換えに人間が失っていったものを教えてくれる。いきなりかおりに呼び出された佐藤は、たまった注文を全部同僚に任せて目的地のないドライブに出かける。「どこに行くかじゃなくて誰と行くかなんだよ」とかおりは言う。まだおぼろげな将来像しか見えない若者の葛藤と逡巡、だがそれすら美しい思い出に変える人間の心理がリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

コロナ禍で閉塞的な空気が漂う夜、佐藤は古い友人と再会する。普通でない彼は絶望し、普通の佐藤はなんとか生きている。普通を否定しないけれど、どこかではみ出していたかった。佐藤のつぶやきは、それでも人生は普通に続くと訴えていた。

監督     森義仁
出演     森山未來/伊藤沙莉/東出昌大/SUMIRE/篠原篤/萩原聖人
ナンバー     204
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://www.bokutachiha.jp/