こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

彼女のいない部屋

ずっと悲しみに耐えてきた。現実を受け入れなければならないのはわかっている。なのに心が追い付かない。脳裏をよぎるのは家族がそろっていたころの幸せな思い出。物語は、ひとりでクルマの旅に出た女と、彼女の記憶を描く。夫とは確かにぎくしゃくしていた。ピアノが得意な娘には将来を期待していた。いたずら好きの息子もまだかわいい盛り。それでも山に家族旅行するくらいの絆は残っている。だが、あろうことか別行動を取ってしまった。彼女の心によぎるのは、あの時こうしていればという後悔と、こういう未来が待ち受けていたはずという願望。ランダムに構成されたエピソードともいえない映像の断片と、丁寧に整備された40年前の型のクルマが、ヒロインが抱える苦悩と哀しみの大きさを象徴していた。

早朝、家を出たクラリスはハイウェイをひた走る。道中聞いているのは、娘が弾いていたピアノ曲の録音。涙をこらえながらハンドルを握るクラリスには、夫や息子のとの他愛ないやり取りも蘇る。

海辺の町で帆船型戦艦のガイドのようなことをしているクラリスは、観光客が自分の息子を躾けるのを見て過剰なほどの怒りを爆発させる。アルゲリッチのビデオを見ているフルート奏者の隣に座ると、彼のシャツの中に手を入れ胸毛をなでたりもする。極めつけはパリ音楽院を受験する少女への付きまとい。誰も癒してくれない。ひとりですべての感情を抱えて生きなければならない。平静を保ってはいられないほど澱をため込んだクラリスの気持ちがリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

夫と子供たち3人が何気ないやり取りをするシーンで、「シックス・センス」のパターンなのかとも一瞬思ったりもしたが、彼女が見る幻覚が深い喪失感からくるものだと理解するまでにそう時間はかからない。安否が知れるまでの数週間をただ待ち続け、やっぱり駄目だったと確認するために山へ行く。チェックインしたホテルで、4人部屋を頼み、朝食も4人分の飲み物を頼む。涙も枯れたクラリスの表情は崇高なまでに美しかった。

監督     マチュー・アマルリック
出演     ビッキー・クリープス/アリエ・ワルトアルテ/アンヌ=ソフィ・ボーエン=シャテ/サシャ・アルディリ/ジュリエット・バンブニスト
ナンバー     159
オススメ度     ★★★


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シャーク 覚醒

ずっと標的にされてきた。助けを求めようとしても声が出なかった。そんな少年が、目を背けていたのは “弱い自分” だと気づいたとき、逃げずに戦う覚悟を決める。物語は、少年院に収容された少年が、己を守るために格闘技を身に着けていく過程を描く。まともに走る体力もなかった。貧弱な肉体には筋肉はついていなかった。それでも服役中の格闘家に弟子入りし、厳しいトレーニングに耐えた。やがて格闘家に気に入られた少年は見違えるようにたくましくなっていく。高校におけるすさまじいいじめ、少年院で生き残るための人間関係、そして出所後に待ち受ける復讐。少年にとって、敵だらけの娑婆よりも守ってくれる仲間がいる少年院のほうが居心地良さそうなのは、韓国社会がそれだけ荒廃しているからだろうか。

暴行されていた少女を助けようとしたウソルは、ソクチャンの右目をペンで刺し有罪判決を受ける。少年院に収監されると、さっそくボス格の男に目を付けられる。

体格も腕力も絶対に敵わない。子分たちがしつこく呼び出しに来る。偶然通りがかった元格闘技チャンピオン・ドヨンに助けてもらったウソルは、彼の庇護を受けることになる。負け犬根性が染みついたウソル自信を持たせるために、ドヨンはしごきの手を緩めない。もう崖淵に追い詰められているウソルはやるしかないと腹をくくり、必死に食らいついていく。家族を刺殺した強盗を殴り殺したという複雑な事情に心を閉ざしていたドヨンも、ウソルのひたむきな態度に少しずつ感情を取り戻していく。このあたり、喧嘩上等の世界で生き抜く術を身に着けていくウソルの成長と共に、彼に生きる希望を見出し取り戻していくドヨンの姿が、甘酸っぱくもほろ苦い青春と友情に昇華されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、喧嘩のシーンの撮り方に工夫がなく、せっかく体にしみこませた格闘技の技よりも、最後は根性勝負になってしまう。ウソルには、殴られた分殴り返すのではなく、殴られないように防御し、洗練された技で相手を倒す姿を見せてほしかった。

監督     チェ・ヨジュン
出演     キム・ミンソク/ウィ・ハジュン/チョン・ウォンチャン
ナンバー     158
オススメ度     ★★*


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NOPE ノープ

長時間空を観察していると、動かない雲がある。時々光跡を残して移動する物体がある。空から金属片が降ってきたり、人や建造物が竜巻に巻き上げられたりする。確かにそれは存在する。そして、意思のある生物のような行動パターンがある。物語は、いまやUAPと略され呼ばれるようになった未確認空中現象に襲われた兄妹の奮闘を描く。よからぬことが起きていることには気づいている。確かめるために監視カメラも設置した。だが、それがやってくると電子機器が使えなくなり、決定的な証拠は残せない。やがてUAPがある芸能人と関係があると気づいた兄妹は、彼にヒントを求めるが解決には至らない。背中に視線を感じているのに確かめる勇気が湧かない時のような不気味なおぞましさがあふれ、スクリーンから目が離せなかった。

馬の調教師・OJは落下物に当たった父の死因に疑問を持ち、空を観察しているうちに何度もUAPを目撃する。妹のエメラルドは証拠映像で一儲け企み、電気店販売員のエンジェルも仲間に加わる。

チンパンジーによる大量殺人事件の生き残り・ジュープはUAPについて知っているが詳細は話さない。チンパンジー事件で何らかの能力が目覚めたのか、UAPとも意思疎通できるようでもある。OJは遠くから彼らを観察しその関係を知っている。少しずつ、じりじりと、そして確実に追い詰められている。圧迫されるようなOJの心理がリアルに再現されるとともに、圧倒的な科学力を持つ外星人ではないと理解し弱点を探す。未知の困難に直面しても逃げずに対処法を練る、そんな彼らの勇気と覚悟と好奇心がチャレンジ精神を尊重する米国人らしかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、ひたすら勿体をつけてなかなか前に進まない展開にはうんざりする。出るぞ出るぞと思わせつつUAPを小出しにするが、その全体像には脱力した。膨らんだ期待がユニークな方に外れるような創造性を持たせるべきだろう。せめて、手動カメラを回し続けたカメラマンが撮った映像だけでも見せてほしかった。こういう作品は、配信されたらきっと早送りされる。

監督     ジョーダン・ピール
出演     ダニエル・カルーヤ/キキ・パーマー/ブランドン・ペレア/マイケル・ウィンコット/スティーブン・ユァン/キース・デビッド
ナンバー     157
オススメ度     ★★


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https://nope-movie.jp/

アキラとあきら

父の失敗を目の当たりにした経験から他人の役に立ちたいと願う青年。親族間の醜い争いの中で育ち他人を信用できなくなった御曹司。大手銀行に同期入行した2人はそれぞれの宿命に向かって進む。物語は、人情派の熱血漢と冷めた目で世界を見る男のライバル関係を描く。正直に働いている人たちと共に歩むのが銀行員の仕事という信念と正義感は、時に足枷となる。それでもめげずに地味な仕事からやり直す青年の姿は、社会に役立つ仕事とは何かを教えてくれる。きれい事だけでは通用しないのはわかっている。だが、人間として守らなければならない一線は必ずあるはず。銀行の利益よりもまず取引先を信じようとする彼の生き方はまぶしすぎる。一方のライバル行員の抱える葛藤は、血縁だからこそのしがらみが生々しかった。

新入社員研修で伝説となった瑛と彬は順調にキャリアを積んでいく。数年後、瑛は銀行の利益よりも顧客の預金を守ったために田舎町の支店に左遷される。

大手海運グループ社長の息子でもある彬は、叔父たちが出資するリゾートホテル計画に、銀行家の立場から反対する。経営センスもないのに手を出した無謀な事業、やがて家業を継いだ弟までトラブルに巻き込まれる。このあたり、悲惨な家庭環境に育ちながらも思いやりのある大人に成長したわかりやすいキャラの瑛に比べ、本当はやさしい子供なのに大人たちの強欲さを見せつけられ家族すら信じられなくなった彬の対比が鮮やかだ。あくまでも好青年な瑛を演じる竹内涼真に対し、善意や良心が弱点となるのを恐れ冷徹な鎧で隠そうとする彬の心理を横浜流星が繊細に再現していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

エリートコースに復帰した瑛は、弟の代わりに社長となった彬の担当となり、経営立て直しのための秘策を練る。融資を通すためには何人もの管理職に稟議書を回し印鑑をもらわなければならない。さらに、計画を受け入れてもらう相手を探すために日本全国に足を運ぶ。その非効率なほどの煩雑さは、情報を自分の目で確かめることの大切さを訴えていた。

監督     三木孝浩
出演     竹内涼真/横浜流星/高橋海人/上白石萌歌/児嶋一哉/塚地武雅/宇野祥平/奥田瑛二/ユースケ・サンタマリア/江口洋介/戸田菜穂/石丸幹二
ナンバー     156
オススメ度     ★★★*


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https://akira-to-akira-movie.toho.co.jp/

サバカン SABAKAN

急な坂道を登り切った見晴らし台から見た町は、ちっぽけに見えた。自分たちの力で島まで泳ぎ切った。一度しかない濃密な時間、2人の少年はお互いが友達だと信じた。物語は、小学5年の夏休みを共に過ごしたクラスメイトとの思い出を描く。クラスでは孤高を保っていた彼は、海棲生物の絵がうまかった。貧しかったが、家族で助け合っていた。そんな彼になぜか選ばれた。口数は少ない。どんどん先に行ってしまう。だが、ヤンキーに絡まれても決して逃げも媚びもせず反撃するなど、根性は座っている。彼と遊ぶことに夢中になった主人公は、かけがえのない信頼関係を結んでいく。にぎやかな両親と兄弟の4人家族と、5人きょうだいの母子家庭という環境の対比が、格差を越えた友情を結べるのは子供のうちだけであると訴える。

貧乏人と馬鹿にされている竹本からイルカを見に行こうと誘われた孝明。翌朝早く2人は出発し、大きな岩の向こうにある入り江に到着、その沖の小さな島を目指して泳ぎ始める。

集落と学校と家以外の世界を知らなかった孝明は、毎日のように竹本とつるみ、山野を駆け巡る。遊んでいるときは無邪気な表情の竹本だが、家族の話になると一瞬顔を曇らせる。孝明もその理由が、ぼろい家に住んでいることだとわかっている。だからこそ、外で遊びお互いの家を行き来しない。そんな竹本が一度だけ孝明を自宅に呼び、“サバカン寿司” を振る舞う。弟妹たちの面倒を見なければいけない竹本の重荷を少しだけ孝明が背負う、その距離感が心地よかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

年上の不良の噂話を小耳にはさんだ小学生が友人同士で冒険の旅に出るなどという剽窃に鼻白んだが、まあこんな話は世界中どこにでもあるのだろう。それでも、小島までの旅は凡庸で、ミカン泥棒の話も通俗的。駅での別れと再会も既視感あふれるパターンだ。なにかひとつでいい、この作品を際立たせる要素や視点、斬新な描写が欲しかった。これが作家となった孝明が上梓した文学作品ならば、編集者の言うように売れないのは納得だ。

監督     金沢知樹
出演     番家一路/原田琥之佑/尾野真千子/竹原ピストル/ 貫地谷しほり/草なぎ剛/岩松了/村川絵梨/福地桃子/茅島みずき
ナンバー     155
オススメ度     ★★


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https://sabakan-movie.com/2

セイント・フランシス

自分の時間は止まったままなのに、世界はどんどん流れていく。気が付けばもう30代半ば、未来への展望はほとんど期待できない。物語は、定職につかないまま年齢を重ねる人生に疑問を持ち始めた女が、新しい出会いを通じて自らを見つめなおし希望を見出していく過程を描く。ひとりでいるのは気楽だが、ふとした瞬間にむなしくなる。言い寄ってくる男にも不自由していないが、体調を理解してもらえない苛立ちは隠せない。そんな時見つけた、女同士だからこそ分かり合える繊細な感情。異人種同性愛カップルとその娘、彼女たちとは価値観が違うが、それでも共感し助け合う部分もある。男にはわからない、生理、妊娠、出産、中絶、不正出血、尿漏れ、授乳といった “女の悩み” がリアルに再現されていた。

ニート生活を続けるブリジットは、マヤとアニーの娘で6歳の少女・フランシスの子守りになる。フランシスは自己主張が強く口達者で、ブリジットに対して反抗的な態度をとる。

公園で遊んでいると、ブリジットを「自分の親ではない」と叫び警察沙汰にする悪知恵は誰がフランシスに教えたのだろうか。まだ小学校就学前なのに己の遺志を通すために理屈っぽく話すフランシスの明晰さは不自然なほどだ。フランシスの利発さよりも、両親が2人とも母であることで被る差別や自身のさみしさなどがにじみ出ていればもう彼女に少し寄り添えたのだが。一方で、教育を受けるチャンスがあるのに自らそれを捨てたブリジットの冴えない現状は自己責任であると、再会した古い友人との対比で表現するあたりは洗練されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

公園でマヤが乳児に母乳を与えていると、そばにいた別の母親が場所をわきまえろとクレームをつけてくる。普段、女性の乳首は性的なものと子供の目から隠すのが現代のリベラル的な価値観のはずなのに、授乳は別の話とマヤもブリジットも反発する。このあたり、自分たちが気に入らない価値観を攻撃するばかりで論理に一貫性のない昨今の「左翼的リベラル」の底の浅さを皮肉っていて痛快だった。

監督     アレックス・トンプソン
出演     ケリー・オサリバン/ラモナ・エディス=ウィリアムズ/チャーリン・アルバレス/マックス・リプシッツ/リリー・モジェク/ジム・トゥルー=フロスト
ナンバー     154
オススメ度     ★★★


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キングメーカー 大統領を作った男

勝つためには手段を選ばない。有権者対立候補をなだめすかし時に取引を持ち掛ける。どれほど高い理想を掲げていても、権力の座につかなければそれを実現できないのだから。物語は、独裁政権が牛耳る発展途上国の野党議員が出世の階段を駆け上っていく過程を描く。腐敗した世の中を変えようと立候補したが、農民も労働者も目先の利益にしか興味を示さない。選挙参謀となった男は、民衆の支持を得ようとするのではなく、ネガティブキャンペーンや偽情報工作で対抗する。有権者に金品をばらまく独裁者の人気取り作戦を逆手に取る采配には目を見張った。まだまだ近代化には遠かった時代、正直者であろうとするほど損をする “民主主義” がエモーショナルに再現されていた。卵泥棒への対処法で2人の主人公の性格を象徴する手法が含蓄に富んでいる。

野党地方議員候補・ウンボムの政策に共鳴したチャンデは、自ら考案した選挙戦術をウンボムの事務所に売り込みに行く。チャンデは汚れ仕事を一手に引き受けウンボムを当選させる。

政権与党の大統領は国家のスパイ組織を配下に起き、チャンデに対して様々な切り崩し工作を仕掛けてくる。一方で、野党内の権力抗争にも生き残っていかなければならない。清廉な政治家のイメージを守りたいウンボムは、チャンデの暴走を苦々しく思いながらも彼の実績に黙認せざるを得ない。他のスタッフもチャンデの奇策に渋々従っている。そのあたり、韓国社会に張り巡らされた見えない壁に閉じ込められた「北出身者」の悲哀が彼の背中からにじみ出ていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

野党党首に選ばれたウンボムは大統領選挙に立候補の意思を固める。「影」と呼ばれその辣腕ぶりが与野党はじめ政界に知らぬ者がいないほどの実力をつけたチャンデはそろそろ自分も議員として認められたいと思い始めるが、決して表舞台に出ることを許されない。そんなチャンデの姿に、KCIA前部長の姿が重なっていく。権力者の寵愛を受けても、忠誠心を疑われると容赦なく切り捨てられる。その事実がリアルだった。

監督     ビョン・ソンヒョン
出演     ソル・ギョング/イ・ソンギュン/ユ・ジェミョン/チョ・ウジン/パク・イナン/イ・ヘヨン/ユン・ギョンホ
ナンバー     153
オススメ度     ★★★*


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https://kingmaker-movie.com/