ずっと悲しみに耐えてきた。現実を受け入れなければならないのはわかっている。なのに心が追い付かない。脳裏をよぎるのは家族がそろっていたころの幸せな思い出。物語は、ひとりでクルマの旅に出た女と、彼女の記憶を描く。夫とは確かにぎくしゃくしていた。ピアノが得意な娘には将来を期待していた。いたずら好きの息子もまだかわいい盛り。それでも山に家族旅行するくらいの絆は残っている。だが、あろうことか別行動を取ってしまった。彼女の心によぎるのは、あの時こうしていればという後悔と、こういう未来が待ち受けていたはずという願望。ランダムに構成されたエピソードともいえない映像の断片と、丁寧に整備された40年前の型のクルマが、ヒロインが抱える苦悩と哀しみの大きさを象徴していた。
早朝、家を出たクラリスはハイウェイをひた走る。道中聞いているのは、娘が弾いていたピアノ曲の録音。涙をこらえながらハンドルを握るクラリスには、夫や息子のとの他愛ないやり取りも蘇る。
海辺の町で帆船型戦艦のガイドのようなことをしているクラリスは、観光客が自分の息子を躾けるのを見て過剰なほどの怒りを爆発させる。アルゲリッチのビデオを見ているフルート奏者の隣に座ると、彼のシャツの中に手を入れ胸毛をなでたりもする。極めつけはパリ音楽院を受験する少女への付きまとい。誰も癒してくれない。ひとりですべての感情を抱えて生きなければならない。平静を保ってはいられないほど澱をため込んだクラリスの気持ちがリアルに再現されていた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
夫と子供たち3人が何気ないやり取りをするシーンで、「シックス・センス」のパターンなのかとも一瞬思ったりもしたが、彼女が見る幻覚が深い喪失感からくるものだと理解するまでにそう時間はかからない。安否が知れるまでの数週間をただ待ち続け、やっぱり駄目だったと確認するために山へ行く。チェックインしたホテルで、4人部屋を頼み、朝食も4人分の飲み物を頼む。涙も枯れたクラリスの表情は崇高なまでに美しかった。
監督 マチュー・アマルリック
出演 ビッキー・クリープス/アリエ・ワルトアルテ/アンヌ=ソフィ・ボーエン=シャテ/サシャ・アルディリ/ジュリエット・バンブニスト
ナンバー 159
オススメ度 ★★★
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