ポイント ★★*
DATE 06/3/9
THEATER 映画美学校
監督 根岸吉太郎
ナンバー 35
出演 伊勢谷友介/佐藤浩市/小泉今日子/吹石一恵
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
なぜ伊勢谷友介などという発声もまともにできていない俳優を主役にしたのだろう。彼の口から発せられるすべてのせりふに重みがなくドラマから上滑りしている上、ぼそぼそつぶやくような声で感情表現もできていない。事業の失敗でもう戻るつもりのなかった故郷に逃げ帰らざるを得なかった過去を持つという、主人公の心の傷を表現する演技力もない。感情を抑えているというより、そもそも感情表現がヘタ。プロの俳優に混じってひとりだけ素人が迷い込んだような違和感を感じた。
自らの会社を倒産させたせいで東京を追われ、帯広の兄の下に戻った学は厩舎で働き始める。そこは馬が重いそりを牽くばんえい競馬用の厩舎。学は食肉処理される予定のウンリュウという馬の世話をするうちに心の傷が癒されていくことに気づきはじめる。
競走馬と違って、堂々とした巨体でそりを牽くばん馬たちの気高いまでの太くたくましい筋肉。吐く息は白く、にじみ出た汗は湯気となって体中から沸き立つ。早朝、まだ夜も明けきらない時間から始まる調教のシーンは幻想的。長い冬は雪に閉ざされる土地だけに、冷たく清澄な空気をとらえた一瞬が永遠の美しさを伴ってスクリーンに投影される。そんな厳しい寒さの中で生きる人々の馬への思いが様々に交錯するのだが、肝心の主人公・学に人間としての奥行きがないため、動物の再生を通じて人間もまたやり直すというもともとありきたりなストーリーがさらに陳腐な印象となってしまった。
また、舞台となるばんえい競馬に対するアプローチの甘さが、この作品を中途半端にしている。特にレースのシーンなどもっと馬の息遣いが聞こえるようなシーンにならなかったのだろうか。ハリウッド映画のようにカメラを何台も使って臨場感を出すのは無理でも、もう少し馬に迫ったカメラアングルがあってもいいはず。厳冬期の帯広での撮影の大変さはよく伝わってくるが、せっかくのいい素材を物語として消化しきれていない。もう少し感情的な盛り上がりを大切にするべきではないだろうか。