魂から絞り出したような声で哀切を帯びた歌を熱唱する若い女。哀しい過去が彼女から声を奪っても、歌うときだけは特別な力が湧いてくる。物語は、ストリートミュージシャンが成功の階段を上っていく過程を描く。その間、彼女の脳裏を離れないのは少女のころの記憶。愛する人とは連絡が途絶え、頼った人からは引き離される。何度も希望を砕かれるうちに、次第に彼女は他者とコミュニケーションをうまく取れなくなっていく。完全に心を閉ざしたわけではない。相手の問いかけには反応を見せる。だが、自分のことを聞かれると声帯がかすれ素直な思いを口にできなくなる。ヒロインが後にパートナーとなる女から路上で声を掛けられるシーンは、2人が初対面のような印象を受けるが、ヒロインが相手の変貌ぶりに気づかなかったということなのか？
イッコの知人の部屋に転がりこんだキリエは、道具をそろえて路上パフォーマンスするうちに音楽関係者の注目を浴びるようになり、レコーディングの話が持ち上がる。
12年前、大阪に現れた何も話さない女の子。彼女は親切な小学校教師に保護され、姉のフィアンセのあだ名を教える。SNSで彼と連絡を取りあうと、音信不通だった夏彦がやってくる。彼は女の子の姉の恋人で、夏彦は行方不明の恋人への罪滅ぼし的な感情から女の子の面倒を見ようとする。さらに2人は5年前にも帯広で一緒に暮らしていたりする。２つの過去と今、3つの時制が絡まり合う中で少しずつ明らかになっていくキリエの真実。そして現在の東京ではイッコもキリエもかつて名乗った名前を捨てている。大都会の片隅でその日暮らしの根無し草、生きていくためには犯罪に手を染めるイッコと定宿を持たないキリエの、友情や夢や希望だけではどうにもならない現実が切なくも美しい映像で再現されていた。
◆ネタばれ注意！ 以下 結末に触れています◆
故郷にいたころ、かわいがってくれた姉を津波で亡くしているキリエ。非常事態にもかかわらず、心が離れた恋人に無理やりフィアンセと言わせる本物のキリエが象徴する “女の狡さ” が哀しくも印象的だった。
監督 岩井俊二
出演 アイナ・ジ・エンド/松村北斗/黒木華/広瀬すず/村上虹郎/ 粗品/矢山花/大塚愛/吉瀬美智子/奥菜恵/豊原功補/北村有起哉
ナンバー 189
オススメ度 ★★★
↓公式サイト↓
https://kyrie-movie.com/
