少年は残酷な弓を射る WE NEED TO TALK ABOUT KEVIN
オススメ度 ★★★*
監督 リン・ラムジー
出演 ティルダ・スウィントン/ジョン・C・ライリー/エズラ・ミラー
ナンバー 166
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
突き刺さる人々の視線にじっと耐えながら息をひそめて生きるヒロインは、いったい何をしでかしたのか。憂鬱で不機嫌なまとわりつく不快感、映画は、歪んだ悪意を抱いたような息子を産んでしまった母親の苦悩がリアルな皮膚感覚で描かれる。逆なでされ踏みにじられ裏切られ、反抗的で底意地の悪い仕打ちの数々はわが子でなければ我慢の限界を越えているはず。怒りの一歩手前で踏みとどまり、絶望の中で手さぐりする、そんな彼女の心境を観客にも味あわせてくれる。
いくらあやしても赤ちゃんのケヴィンは泣きやまず、育児ノイローゼになるエヴァ。少し大きくなっても言葉はなかなか話さずおむつも取れない。そして、ケヴィンの心には残酷な悪心だけが成長し、エヴァに対する嫌がらせがエスカレートしていく。
まず、人目を避けて暮らす現在のエヴァに焦点を当て、彼女の過去を断片的に挿入する手法は、見る者の心に数々の疑問符を植え付ける。物語が進むにつれケヴィンが原因と明らかになるが、食事をぶちまけたり部屋を汚したりわざとおもらしをしたりと、ケヴィンの行為は“母親の愛情を確かめるための幼児期のイタズラ”の範疇をはるかに逸脱し、確信犯的にエヴァの気持ちを弄ぶ。その過程の重く暗くのしかかる空気は臭気を放ち、もはやウンザリ、ゲンナリするほど気分を落ち込ませてくれる。これらのエピソードがイメージさせるケヴィンの本性こそこの演出の狙いなのだろう、それは見事に的を射ていた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
なぜケヴィンは狡猾に周到に陰湿にエヴァを苦しめるのか。答えは一切提示されずただ彼女とケヴィンの間に起きた出来事を投げ出すのみ。抑制の効いたシーンの連続は緊迫感に彩られ、ケヴィンが引き起こした血まみれの修羅場を、冒頭の「トマト祭り」の赤で連想させるなどのアイデアも秀逸。映像が持つ“感情を伝える力”を恐ろしいまでに実感させてくれる作品だった。決して楽しい体験ではなかったが。。。