こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

あのこと

妊娠してしまった。今は産むわけにはいかない。誰にも相談できない。医者は手術してくれない。どうすればいいのかわからないまま時間だけが過ぎていく。物語は、中絶が禁止されていた時代のフランスで、予期せぬ事態に戸惑い、追い詰められ、苦悩しながらも、あきらめずに解決策を探す女子大生の葛藤を描く。夢をかなえるチャンスを棒に振りたくない。両親と同じ労働者階級で終わるのは絶対にイヤ。もはやおなかの子は足かせ、憎たらしくさえもある。学位は能力を生かす仕事に就くためのパスポート、未来の可能性を広げる万能薬でもある。あくまで自分の事情を優先させようと奔走するヒロインの、女に生まれた不幸を恨む焦燥感。そんな感情が圧倒的なリアリティと臨場感で再現されていた。母性など感じさせない割り切りに彼女の孤独が凝縮されていた。

生理が止まったアンヌは大学での勉強を続けたいと願うが、医師はみな堕胎を拒否する。友人にもBFにも協力を断られ、人づてに教えてもらったもぐりの中絶屋のアパートを訪れる。

未婚の母への偏見は強く、当然学業と子育てが両立できるような支援制度はない。心が落ち着かず講義は耳に入ってこない。成績は急降下で教授に注意される。頼れる人はいない。鏡に映した裸の身体は徐々に変化し、もう隠しきれなくなっている。絶望的な気持ちが広がっていく。それでも、歯を食いしばった運命と闘うアンヌの姿は、女が甘受しなければならないこの世の理不尽に対する怒りに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

下着を脱ぎM時開脚し膣鏡で拡張しゾンデを挿入する。麻酔はなく痛みに耐えなければならない。声をあげてはならないと注意されたが、一度だけ悲鳴を上げてしまう。処置時間はわずか2~3分だろう。だがそのシーンは瞬きを忘れ息をのみ身を乗り出すほどの緊張感にあふれ、己の人生を生きる難しさを暗示していた。そして子宮から下りた胎児とつながったへその緒を断ち切ってトイレに捨てるアンナは、母という役割を振り当てられた性の哀しみを象徴していた。

監督     オドレイ・ディワン
出演     アナマリア・バルトロメイ/ケイシー・モッテ・クライン/ ルアナ・バイラミ/ルイーズ・オリー=ディケロ/サンドリーヌ・ボネール
ナンバー     226
オススメ度     ★★★★


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