未婚の女というだけでホテルマンは意地悪をする。警察官からも軽んじられ、表面上は男女平等の立場を見せる同僚も内心はわからない。物語は、まだまだ女性蔑視の習慣が色濃い宗教都市で起きた連続殺人を調査する女ジャーナリストの奮闘を描く。被害者は娼婦ばかり、宗教家に忖度する警察は本気で捜査を進めない。堕落した女たちが神の鉄槌を受けたと半ば思っている。容疑者は自らの行為を聖戦と称し、保守的な男たちはむしろ彼を支持している。映画は、西欧的な価値観からすれば21世紀とは思えないほど極端な女性差別と、聖典の教えこそ絶対に守るべき価値観と考える人々の声に同じくらい時間を割く。どちらを支持するかは見る者に委ねるという押しつけがましさのないところが、非常に好感を持てた。
イランの聖地・マシュハドで10人以上の娼婦が連続して他殺体で見つかる。犯人は社会に不満を抱く戦争帰還兵・サイード、裏通りで娼婦に声をかけては自宅に連れ込んで殺害していた。
この事件を調査するために首都から来た女記者・ラミヒは被害者の家族や警察、裏通りでの目撃者の証言を集め、犯人の目星をつけていくだけでなく、自ら娼婦を偽装してサイードに近づこうとする。サイードは決して狂信者や快楽殺人者などではなく妻子を愛する普通の父親。ラミヒは真実を明るみにするのが目的で、特に反体制を声高に叫ぶ運動家ではない。また、労働者階級のサイードは一向に上向かない生活に希望をなくしているが、知識人階級のラミヒは自分の頭で考え行動することで未来が開けることを知っている。そして娼婦に堕ちなければならない女たちの貧困。イラン社会が抱える男女格差のみならず経済的格差までが饒舌に再現されていた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
ラミヒの通報でサイードは逮捕・起訴され裁判が開かれる。当然死刑が求刑されるが、サイードは己の正しさを主張する。このあたりの感覚のずれは、自由主義社会に生まれ育ち教育を受けた者にとっては衝撃的。民主主義など21世紀では少数派である現実を考えさせられた。
監督 アリ・アッバシ
出演 メフディ・バジェスタニ/ザーラ・アミール・エブラヒミ/アラシュ・アシュティアニ/フォルザン・ジャムシドネジャド
ナンバー 69
オススメ度 ★★★*