こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

TAR ター

今やキャリアの絶頂を迎えている。世間から受けるのは尊敬と羨望の眼差し、全米最高峰の音楽学校での講義も受け持った。なのに、心はかすかな警報を鳴らし始めている。物語は、世界的な指揮者として認められた女が新たな作品の創作中に体験する不穏な出来事を描く。ファン向けの対談では高尚な発言を繰り返すほどウケがいい。同業者との会話は噂話にすら知的な装飾を施し、アシスタントやパートナーの前では威厳を損なわないように振舞っている。まさに生き方そのものが荘厳な音楽。そんなヒロインの身辺で発生したわずかなノイズ、それが少しずつ大きくなるにつれ日常が歪み始める。隅々にまで神経が行き届いた精緻な構図と落ち着いたカメラワークから生まれた映像は、完璧だった彼女の人生が蝕まれていく過程を圧倒的な緊張感と謎めいた空気で満たしていた。

ベルリンフィルの主席指揮者・リディアは交響曲録音の準備のほかにも作曲、自伝の出版と多忙を極めている。レズを公言しコンマスと同棲、娘を育てるなど私生活も充実していた。

ジュリアード音楽院でバッハの業績を解説すると偏向な学生が拒否反応を起こす。バッハの男性優位的な私生活が許せないと、その偉大な作品群まで否定するのだ。作者の人格と作品がもたらす感動は別物とは考えず、特に犯罪でもないのに同次元に貶める偏狭な視野。権威と名のつくものには何でもケチをつける “リベラル” の愚かさが象徴されていた。その志向が自由を制限していることにどうしても気づかない。20世紀の “リベラル” は世界をよい方向に変えようとしていたが、21世紀のそれはなぜこれほど反動的なのだろうか。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、楽団内人事や新恋人の出現、さらに過去からの復讐やアシスタントの逃亡など、リディアの運命は大きく暗転していく。アパートで練習していると騒音で資産価値が下がると隣人から文句を言われるシーンは、理解できない者にとっては芸術など何の価値もないことを象徴していた。その時のリディアの表情が忘れられない。

監督     トッド・フィールド
出演     ケイト・ブランシェット/ノエミ・メルラン/ニーナ・ホス/ソフィー・カウアー/アラン・コーデュナー/ジュリアン・グローバー/マーク・ストロング
ナンバー     88
オススメ度     ★★★★*


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