認知症が進行している妻と、彼女を支える心臓病を持つ夫。精神科医と映画監督という極めて知的水準が高いはずの夫婦の日常が徐々に壊れていく。静かだが、確実に。そして決して快方には向かわず、その先にあるのは死。物語は、都市部に暮らす老夫婦の最期を描く。妻の体は元気だが、徘徊を繰り返し今や夫を認識できない。健康に不安のある夫はできる限りのことはするが体は悲鳴を上げている。ひとり息子は施設に入れと言うが、住み慣れたアパートメントを離れたくない。書斎や廊下の壁一面に並べられた書籍と机の上に積まれた書類の高さが、夫の創作意欲が旺盛なことを示す。現実と妄想の区別がつかない妻と、彼女を見守る夫の現実への絶望は、“人生は夢の中の夢” という言葉に象徴され、きれいごとではない高齢化社会がリアルに再現されていた。
朝、目覚めた妻は部屋を出たまま帰ってこない。夫は彼女を捜し、やっと見つけて部屋に連れ帰る。息子と孫を呼んで今後の対策を相談するが、夫のプライドが邪魔をして話は進まない。
十分な年金をもらっているのか、老夫婦がカネに困っている様子はない。だが息子はドラッグに手を出し怪しげな仕事で日銭を稼いでいるらしくカネをせびったりする上に、親の介護などするつもりはなく施設に入れた後は遺産をあてにしているのがミエミエ。老人たちが長年住み慣れた家を離れるのがどれだけつらいのか理解しようともしない。映画は、そんな家族の感情にぴったりと寄り添い、じっくりと時間をかけて彼らの気持ちを紐解いていく。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
左右に分割された画面は、対面した話者の会話でいちいちショットをつなぐ必要がなく、話し手と聞き手の表情が同時に確認できるので、その内容がより深く理解できる。一方で、セリフ運びのテンポは実際の会話のような間が空くので間延びした感じは否めない。それでも、彼らの死後アパートがきれいに片付けられていく過程は、人が生き、死ぬことの意味を考えさせてくれる。
監督 ギャスパー・ノエ
出演 ダリオ・アルジェント/フランソワーズ・ルブラン/アレックス・ルッツ/キリアン・デレ
ナンバー 222
オススメ度 ★★*