こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ヒットマン エージェント:ジュン

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絵が好きで漫画家になりたかったのに殺し屋にされてしまった。子供のころから猛訓練に耐え、抜群の成績を残した彼は対テロ特殊部隊員にされる。物語は、身元がばれた元暗殺者の奮闘を描く。夢をかなえたはずなのに現実はままならない。一般人になりすまし暮らしているが生活は苦しい。妻と娘に恵まれたけれど、うだつの上がらない毎日に悶々としている。圧倒的な戦闘能力を誇っていても、銃をペンに持ち替えると凡庸以下のストーリーしか浮かばない。結局彼が他人より秀でているのは人殺しのスキルと経験。ならばと、苛烈な己の人生をそのまま作品に昇華させると、当事者にしか描けないリアリティを生む。そんな主人公の姿は、趣味を本業にする厳しさと共に、人は実際に見聞し消化したこと以上をアウトプットできないと訴える。

殉職を偽装し自由の身になって15年、ジュンはネット漫画家として連載を持ちつつも、評判は芳しくない。妻に食わせてもらい娘にはバカにされている。ある日、殺し屋時代の体験を漫画化すると大好評になる。

一躍売れっ子になったジュンだが、ほとんど脚色なしの展開やキャラは元上司の目に留まる。同時にジュンを恨むテロリストにも見つかり、ジュンは国家とテロリスト双方から追われる羽目になる。自分ひとりなら切り抜けられる、だが妻を人質に取られ娘も守らなければならない。幸いまだ体はなまっていない。カンも鈍っていない。ジュンは持てる知識と技を総動員して武装したかつての同僚や敵と戦う。格闘技から銃撃・カーチェイスまで、クォン・サンウのアクションはキレがあり、時折挟まれるコミカルなシーンが息抜きになっている。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、全体の構成としてはディテールが甘く、スリルも笑いも中途半端。悪党とはいえ大勢の人間を手にかけた苦悩や、愛する妻に隠し事をする後ろめたさ、元上司や後輩を傷つけざるをえない良心の痛みなど、シリアスなタッチでアプローチした方がよかったのでは。面白おかしく人が死んでいくのはタランティーノだけでいい。

監督  チェ・ウォンソプ
出演  クォン・サンウ/ファンウ・スルヘ/イ・ジウォン /ホ・ソンテ/チョン・ジュノ
ナンバー  162
オススメ度  ★★*


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https://hitman-movie.jp/

マティアス&マキシム

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気が置けない幼馴染だと思っていた。だからこそ、大人になってからついてしまった、有能なビジネスマンとしがないバーテンダーという格差が引っ掛かる。でも、仲間たちと騒いでいる間は対等な関係でいられる。物語は、20数年来の友人同士がふとした弾みでキスしてしまったのを機に自分と相手の本心に気づき、微妙な距離感を測りかねて逡巡する姿を描く。片方はもうすぐ外国に行ってしまう。その前に思いを伝えたい。だが、どうすればいいのかわからない。つい心とは反対の言葉を口にしてつれない態度を取ったりもする。もしかしたら恋? 認めたくはない。カメラは気持ちを抑えきれない2人に寄り添い、友情以上の特別な衝動を抱いてしまった男たちの繊細な感情に迫る。愛した相手が同性の親友、その現実にうまく向き合えない彼らの反応がリアルだ。

パーティの罰ゲームでアマチュア映画に出演、キスシーンを演じたマックスとマットは、その後胸騒ぎが止まらなくなる。マックスは旅支度に、マットは仕事に忙殺され、2人の仲はなかなか縮まらない。

友人宅のパーティやバーでの飲み会など、彼らはちょくちょく顔を合わしている。相手と視線を絡ませても声をかける勇気はない。当たり障りのない会話はできるが、踏み込んだ話は避けている。一方でマックスの出発日は近づいてくる。マックスは母親とのトラブルに悩まされている。マットは接待に気を遣う。それでも、2人の頭の中を占めているのはお互いのことばかり。同性愛に偏見はなくても、いざ己にその性向があると知ったときに否定しようとする、そんな彼らの葛藤が抑制された映像に凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして旅立ちの前日、2人は壁取り払い熱く唇を交わす。美しい恋人もいてビジネスでも波に乗っているマックスの方が、いまいちな日常を送り外国でやり直そうとするマックスよりも輝いて見える。ところが、本当はマットの方がマックスとずっと一緒にいたいと強く願っていた。カネや子育てといった問題がない分、男同士の関係は純粋だ。

監督  グザヴィエ・ドラン
出演  ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス/グザヴィエ・ドラン/ピア・リュック・ファンク/ハリス・ディキンソン
ナンバー  161
オススメ度  ★★*


↓公式サイト↓
http://www.phantom-film.com/m-m/

マーティン・エデン

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読み書きもボキャブラリーも小学生レベル。だが、身分違いの恋が彼に一念発起を促し、身の回りの現実を文章に綴るという使命に目覚めさせる。物語は、労働者階級の青年が作家を目指す過程で苦悩と葛藤を繰り返す姿を追う。立ち居振る舞いも話し方も違う上流階級の彼女に認められたい一心で書いた詩はわかってもらえない。日々の糧を得るために汗水流すストーリーは陰鬱と酷評される。何度投稿してもその都度送り返される。それでも小説を書くのが運命と信じひたすらタイプライターに向かう。やがて見えてきた光明。映画はあえて時代設定を「20世紀後半のいつか」とぼかし階級闘争の歴史を盛り込もうとするが、リアリズムとファンタジーが奇妙にまじりあった映像は主人公のキャラにつかみどころのない光と影を与えていた。

波止場で少年を救ったマーティンは彼の家に招かれ、少年の姉・エレナの美しさに心を奪われる。エレナの父の蔵書からボードレールの詩集を借りたのを機に読書の喜びを覚える。

本や雑誌・新聞など見向きもしない生活を送ってきたマーティンだったがたちまち書物の魅力にはまり、肉体労働の間も暇さえあればページをめくっている。作家になると宣言すると、執筆活動に専念するために実家を飛び出す。このあたり、まともな教育も受けずに育ち、文字すらほとんど書いた経験のないマーティンがなぜ突飛なことを言い出したのか、エレナへの思いだけではどうも理解しがたい。誰かに師事するわけでもなく、添削してもらえるわけでもない。自己流の文体はきっと独りよがりのたわごとと編集者には映ったはず。にもかかわらず社会主義運動に首を突っ込むうちに、マーティンが描くプロレタリアート文学はある種の版元には受け入れられていく。中産階級には新鮮で衝撃的な世界だったのだろう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

売れっ子になり、セレブの仲間入りしたマーティンは、エレナの訪問を受ける。もはやエレナに気後れはない。そんなマーティンが取った態度に、ひねくれた労働者のねじれた感情が凝縮されていた。

監督  ピエトロ・マルチェッロ
出演  ルカ・マリネッリ/ジェシカ・クレッシー/ヴィンチェンツォ・ネモラート/カルロ・チェッキ/マルコ・レオナルディ
ナンバー  160
オススメ度  ★★*


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http://martineden-movie.com/

アダムス・ファミリー

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少し特殊な能力はあるけれど、少し奇妙な格好をしているけれど、少し違った価値観を持っているけれど、理性も感情も人並みにある。ただひっそりと “不幸” に浸っていたいだけなのに、人々は放っておいてくれない。物語は、人里離れた山頂に安息の地を見つけたモンスターの家族が、経済発展の波に追い立てられながらも自らのアイデンティティを守ろうとする姿を描く。町にやってきた住人と仲良くなりたいのに、開発担当者は一家の住む屋敷が邪魔で仕方ない。あの手この手で嫌がらせを仕掛けてくるが、一家には大切なイベントが控えている。そんななか生まれた友情。人もモンスターも、外見ではない、中身が重要。使い古されたテーマだが、いまだ人種差別問題が多発している現代、人間とモンスターの対立と和解は、偏見や思い込みこそが無益な争いを生み悲劇の原因になっていると教えてくれる。

ゴメス夫妻は結婚式当日村人に襲撃され廃精神病院に住み着く。子供を2人もうけ平穏な日々を送ってきたが、長女のウェンズデーが外界に興味を持ち、開発業者の娘・パーカーと友達になる。

いじめられっ子だったパーカーを助けたことから彼らは急接近。母・マーゴの干渉に息苦しさを覚えていたパーカーはマイペースなウェンズデーの影響を受け、ウェンズデーもまた彩に満ちたパーカーに憧れる。中学生の2人とは対照的に、マーゴはゴメスたちを厄介者と認定し、なんとか追い出して町のクオリティを保とうとする。このあたり、誤った思想は大人から子供に伝わり、利害関係が絡まると、虐げられるのは常に弱い方であると訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ゴメスたちが交渉に応じないと知ると、マーゴは策を弄して住民をフェイク情報で扇動し実力行使に出る。誰にも迷惑をかけず妻子と一族の平和と安寧に暮らしたいというゴメスの願いもマーゴには通じない。ユニークなキャラクターと精緻なCGアニメはこの作品のひねくれた世界観を細部まで再現し、辛辣かつ深刻な社会的政治的メッセージをうまくオブラートに包んでいた。

監督  コンラッド・ヴァーノン/グレッグ・ティアナン
出演  オスカー・アイザック/シャーリーズ・セロン/クロエ・グレース・モレッツ/フィン・ウルフハード/ベット・ミドラー
ナンバー  155
オススメ度  ★★★


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https://addams-movie.com/

スペシャルズ!

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突然走り出す。地下鉄の非常ベルを鳴らす。自傷行為に及ぶ。相手に頭突きをくらわす。いくら言葉で説明しても、しばらくすると同じ行動をとる。物語は、知的・精神的な障害を持つ患者たちをケアする施設を運営する男の奮闘を追う。親では手に負えない。病院には断られる。認可施設では受け入れてもらえない。そんな若者たちをすべて引き受け、少しでも彼らに人間らしい暮らしをさせたいと願う主人公。ひっきりなしにかかってくる呼び出し電話、エリート役人による査察、破たん寸前の財務、社会復帰のための企業訪問etc. 無責任だと批判される。無認可だと責める人もいる。自己満足に患者を利用しているようにも見える。だが、彼の胸にあるのは、見捨てられた患者たちを救いたいという純粋な良心だ。

自閉症発達障害を抱える青少年を預かる「正義の声」の責任者・ブリュノは、比較的軽度の患者・ジョセフに働き口を見つける。しかし、ジョセフをひとりで電車には乗せられない。

何度注意しても直らない。ブリュノを困らせれば構ってもらえると考え、わざとやっている風にも思える。悪意はないようだが、時おり見せるにやけた口元が疑念を抱かせる。それでもブリュノは彼を疑わず寄り添おうとする。粗野な風貌とそっけない態度からは想像もつかない大きな心を持つブリュノ。彼もまた、かつては自己表現がうまくできず世間に馴染めなかった時期があったのだろう。複雑な過去と大いなる愛を感じさせる人物像をヴァンサン・カッセルが繊細に演じていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、別の患者を託されたブリュノは、知人から紹介されたディランを介助者に充てる。時間すら守れず言い訳ばかりのディランは患者を見守る仕事を任されることで他人との付き合い方や距離感を学び、成長していく。映画は、善意の人と社会からはみ出した人の交流を通じて生きるとは何かを探る。そこから先にあるのは、回復の見込みはない患者らにどんな人生を送ってもらうべきかという、答えのない問い。お涙頂戴に流れず好感が持てた。

監督  エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ
出演  ヴァンサン・カッセル/レダ・カテブ/ブライアン・ミアロンダマ/ベンジャミン・レシュール/マルコ・ロカテリ
ナンバー  159
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://gaga.ne.jp/specials/

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

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殺戮ばかりの人生で他人とかかわる術を教えてくれたあの人とは、戦場で生き別れた。消息はわからない。みな忘れろという。だが、再会するまで絶対にあきらめない。物語は、戦闘マシンだった少女が手紙代筆業を続けるうちに喜怒哀楽を学び、恩人を探す姿を追う。血で汚れていた両手は金属になり、いつしか胸を打つ文章をタイプできるようになった。さまざまな依頼人の思いをしたためるうちに、世の中には美しいものやあたたかいものがあると知った。でも「あいしてる」という感情だけはあの人がいないと意味がない。平和を取り戻した世界は、人が人を思う気持ちであふれているのに、ヒロインの心は空白のまま。だからこそ、誰かを救えば自分も救われると信じている。「強く願ってもかなわない思いはどうすればよいのでしょうか」と問う彼女の瞳は深い憂いを含み、罪を背負って生きる悲しみに満ちていた。

代筆の腕を上げたヴァイオレットは余命わずかな少年の依頼を終える。一方、あて先不明の手紙を調査した社長は差出人がギルベルトと推察、ヴァイオレットと共に遠い島を訪ねる。

教育と電話の普及で代筆業は廃れつつある。そんな時代でも、ヴァイオレットは話し言葉では伝えきれない態度や表情といった言外の情報を的確に読み取って本当の気持ちを文字に綴る。詩のようなリズムと具体的な単語で、依頼人の頭の中に渦巻いている思いに形を与えていくのだ。その過程は繊細なタッチのアニメでエモーショナルに再現され、計算されつくしたセリフに落としこまれていく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

隻腕隻眼で農村の教師となっていたギルベルトは、自身の存在がヴァイオレットを縛っていると、頑なに彼女を拒む。彼の心は泣いている。ヴァイオレットも彼の本心はわかっている。それでも男のやせ我慢を受け入れることが、「あいしてる」だと理解する。客船のデッキに立つヴァイオレット、見送るギルベルト。クライマックスは予想通りだったけれど、情感たっぷりに描かれたふたりの運命には愛と希望が凝縮されていた。

監督  石立太一
出演  石川由依/浪川大輔/子安武人/木内秀信
ナンバー  158
オススメ度  ★★★★


↓公式サイト↓
http://violet-evergarden.jp/

TENET  テネット

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人は後ろに歩き、クルマは猛スピードで後退し、弾丸は標的から銃口に戻っていく。動画を巻き戻すかのように逆行する時間の流れ、だが自分たちの時間は順行している。初めて体験する異次元の世界、いまやCGによって想像力さえあれば表現に不可能はなくなったが、こんな不条理までヴィジュアル化するとは。。。考えれば考えるほど混乱する、もはや直感に従って受け入れるのみ。物語は、第三次世界大戦を誘発させる装置を巡って、スパイと武器商人が虚々実々の駆け引きを繰り広げる姿を描く。物理学の進歩は一方通行だった時間軸を選択可能にした。「過去」は変えられる。「未来」も予知できる。ならば「現在」を認識しているこの主体はいったい何なのだろう。映画は主人公の稀有な冒険を通じ、科学はどこまで人間を幸福にするのか問いかける。

テロ制圧に失敗、身分を消してよみがえった「男」は、ある国際組織から核物質の奪還を命じられる。「男」はセイターという武器商人がキーパーソンと知って、彼の妻・キャットに近づく。

セイターに自由を奪われているキャットから情報を得た「男」は人類の運命を握る核物質を強奪するために壮大な計画を立てる。航空機を金庫が入った建物に激突させ厳重な警備を突破したり、移送中のトレーラーを高速道路上で四方から囲み屋根から侵入したり。大掛かりな仕掛け、危機また危機の手に汗握る見せ場の連続の中で、この作品のテーマでもある「逆行する時空」がシンクロし、複雑に絡み合った要素が奔流のごとくスクリーンからあふれ出す。合理的な解釈は不能、ただただ圧倒的な映像の洪水に心身を浸し、主人公と感覚を共有するのみだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして、いよいよセイターは人類滅亡の陰謀を実行に移す。それを阻止するために、「男」は援軍と共に過去と未来からセイターを挟撃する作戦をとる。銃撃と爆破、派手な戦闘の中で時間軸が交差するシーンは、もう慣れたはずなのにやっぱり強烈な違和感はぬぐい切れない。一度では楽しみ尽くせない、「2001年」を見た時以来の衝撃だった。

監督  クリストファー・ノーラン
出演  ジョン・デビィッド・ワシントン/ロバート・パティンソン/エリザベス・デビッキ/マイケル・ケイン/ケネス・ブラナー
ナンバー  157
オススメ度  ★★★★★


↓公式サイト↓
https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/